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2025/11/6

α-シヌクレインの糖化;糖尿病におけるパーキンソン病促進のメカニズム

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 糖尿病(DM)は、アルツハイマー病(AD)やパーキンソン病(PD)などの神経変性疾患を促進するが、そのメカニズムは十分に理解されていない。本プロジェクトは、加齢やII型DMに伴う非酵素的糖化反応(Glycation)*1が、α-シヌクレイン(αS)の凝集を促進し、神経病理を憎悪する可能性を仮定した。
  • この仮説をメチルグリオキサール(MGO)*2やリボースの介在するαSの糖化がαSの神経病理所見の促進に関与する可能性を培養細胞、モデルマウス、剖検脳の包括的な実験系において検討した。
  • その結果、MGOによるαSの糖化が、DMとPDの合併症の病態形成に関与していると思われた。
図1.

DMは、DM性網膜症、-神経障害、-腎症の、いわゆる、3大合併症をはじめ、多くの疾患と併存することが知られていますが、ADやPDなどの神経変性疾患においても、危険因子として非常に重要です。したがって、DMの治療がADやPDを含む合併症の治療に結びつくことが予想されます。この様な考えに基づいて、II型DMに改善効果を示すグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬エキセナチドを用いてPDの臨床治験が行われましたが、残念ながら、PDに対する疾患修飾効果を持つことを裏付けるエビデンスは確認されませんでした(エキセナチドのパーキンソン病治療効果は確認されず;第3相臨床試験〈2025/3/4掲載〉)。臨床治験失敗の原因は明らかでありませんが、PDの神経病理の中心は言うまでもなくαSの凝集ですから、DMにおいて、αSの凝集が促進するメカニズム関して、より一層の理解が必要です。また、それらが実際に患者さんの脳で起きているかどうかは、明らかにしなければいけません。この様な状況で、ドイツ・ゲッチンゲン大学メディカルセンターのVasili, E.博士らは、加齢やDMに伴うαSの非酵素的糖化反応の重要性、すなわち、糖化により、凝集性の増加したαSがAGEs*3として蓄積することにより、神経変性病態を引き起こす可能性を考え(図1)、これを培養細胞、モデルマウス、剖検脳の包括的な実験系において証明し、アンチエイジングがこれらの疾患の合併症の治療になるという興味深い仮説を提唱しました。研究結果は、最近、npj Parkinsons Dis.に掲載されましたので(文献1)報告いたします。これらの知見により、PDの新しい治療法の開発に結び着くことが期待されます。


文献1.
Vasili, E., König, A., Al-Azzani, M. et al. Glycation of alpha-synuclein enhances aggregation and neuroinflammatory responses. npj Parkinsons Dis. 11, 307 (2025).


【背景】

DMは、PDの危険因子として重要であるが、その分子レベルにおけるメカニズムは明らかでない。我々は、加齢やII型DMに伴う非酵素的糖化反応が、蛋白の恒常性を破綻し、神経病理を憎悪する可能性に着目した。

【目的】

この論文では、MGOやリボースの介在するαSの糖化がαSの凝集、神経炎症、脳のグリオキサラーゼ解毒経路*4機能不全などの神経病理所見の促進に関与する可能性を検討することを研究目的とした。

【方法・結果】

  • MGOを添加した細胞;SH-SY5Y細胞, 初代培養神経、初代培養神経、及び、MGOを注入したαS発現マウスにおいてPD様神経病理所見;S129リン酸化αS陽性のαS凝集体、神経炎症、グリオキサラーゼ解毒経路機能不全が観察された。
  • リボース糖化型αSは、免疫原性はあったが、αSの凝集にはあまり効果が無いと思われた。2つのタイプの糖化;MGO-、リボース-、のいずれもミクログリアを活性化し、炎症マーカーの発現を増強させた。
  • MGO-糖化型αSに特異的な抗体を作製して、レビー小体型認知症の剖検脳、MGOを注入したαS発現マウス脳を解析した結果、レビー小体様の封入体形成を認めた。

【結論】

  • 以上の結果より、MGOによるαSの糖化が、DMとPDの合併症の病態形成に関与していると思われた。

用語の解説

*1.非酵素的糖化反応(Glycation)
酵素の関与なしに、糖の分子がタンパク質や脂質と結合し、最終的にAGEs(終末糖化産物)と呼ばれる老化物質を生成する一連の化学反応である。この反応は「メイラード反応」とも呼ばれ、食品の褐変現象としても知られており、生体内での糖化反応は、様々な疾患や老化現象に関与している。
  • 老化: コラーゲンなどのタンパク質が糖化することで、肌のくすみ、シワ、たるみ、骨や血管のもろさにつながる。
  • 疾患: 糖尿病合併症、動脈硬化、認知症、がん、高血圧など、広範な疾患の原因となることが示唆されている。
  • 機能障害: タンパク質が糖化されると、本来の機能が損なわれ、細胞や組織に障害を引き起こす。
*2.メチルグリオキサール(Methylglyoxal: MGO)
MGOは、分子式C3H4O2の有機化合物で、ほとんど全ての生物に共通する糖の代謝経路である解糖系の副産物として生成される。ブドウ糖が分解される過程で生成される物質である。1960年代にハンガリーの生物学者セント=ジェルジ・アルベルトによって発見された。彼はビタミンCの発見でノーベル生理学・医学賞を受賞した人物である。MGOとクレアチンにより生成される物質(N-(4-methyl-5-oxo-1-imidazolin-2-yl)sarcosine)が人の尿から検出されており、体内でメチルグリオキサールが生成していると示唆される。MGOはAGEsの生成と関連がある。
*3.AGEs(Advanced Glycation End Products終末糖化産物)
AGEsとは、概要が糖へ曝露されることによる糖化反応(メイラード反応)によって作られた生成物の総称であり、身体の様々な老化に関与する物質(より正確に言えば、生体化学反応による生成物)と言える。判明しているだけでも、AGEsには数十種類の化合物があり、それぞれが多種多様な化学的性質を有する。AGEsは体内で炎症を誘発する性質、及び酸化を促進する性質があると考えられ、調理中食品に形成される可能性がある。糖尿病、アテローム性動脈硬化症、慢性腎不全、ADなどの変性疾患を悪化させると言われる。糖尿病の血管系合併症の原因ともされる。活性酸素による細胞障害を加速し、機能を変化させるという。
*4.グリオキサラーゼ解毒経路
グリオキサラーゼ解毒経路は、メチルグリオキサールなどの有害なアルデヒドを無毒化する代謝経路である。この経路は、主にグリオキサラーゼIとグリオキサラーゼIIという2つの酵素と、還元型グルタチオンによって機能する。グリオキサラーゼ経路は、細胞内で生成される反応性の高いアルデヒド、特にMGOを解毒する。

文献1
Vasili, E., König, A., Al-Azzani, M. et al. Glycation of alpha-synuclein enhances aggregation and neuroinflammatory responses. npj Parkinsons Dis. 11, 307 (2025).