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2025/11/11

脂肪酸摂取と卵巣がんのリスク

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 卵巣がん(OC)の食事治療を確立するために食事中に摂取する脂肪・脂肪酸がOCにどのような影響するかを明らかにすることは重要である。
  • この目的のため、本プロジェクトでは、703人のOC患者さんから収集されたデータを分析する前向きコホート研究;「OOPS」*1を行った。
  • その結果、総脂肪、総脂肪酸;SFA(飽和脂肪酸)*2、短鎖SFA、長鎖SFA、及び、MUFA(一価不飽和脂肪酸)*2の摂取量の増加と、OC患者の全死因死亡率の増加との関連が示唆されたのでここに報告する。
図1.

OCは、女性の罹患するがんの中で、8番目に頻度の高いがんであり、〜2.5%の女性がOCに罹患する可能性があります。OCの罹患率は、40歳代から増加し、50~60歳代がピークですが、OCの死亡率は、50歳以降増加して高齢になるほど高くなり、がん死の原因として3.5〜4.0%と見積もられています。OCの治療は、外科手術、抗がん剤、放射線療法などの標準治療が中心であり、最近では、免疫療法も行われていますが(図1)、これらだけでは太刀打ちできない、悪性度の高いがんや進行がんなどをはじめとした卵巣腫瘍が多いこともまた事実です。この意味でも、食事療法などの新たな治療法を開発する必要があります(図1)。興味深いことに、環境の影響を調査した報告書では、米国生まれの日系女性は日本生まれの日本人女性と比較して卵巣がんの発生率は高く、また、食生活では肉や乳製品といった動物性脂肪の摂取が多かったことから、食事の欧米化による食事中の脂肪酸の摂取は、OCの増加の一因と考えられます。しかしながら、これまで、脂肪および脂肪酸の摂取およびOCの生存率に関するエビデンスは限定的でした。このような状況で、中国・瀋陽中国医科大学のWei, Y.F. 博士らは、食事中の脂肪および脂肪酸の摂取がOCの発生・増殖に影響する可能性を調べるための前向きコホート研究:OOPSを行い、703人のOC患者さんから収集されたデータを分析しました。その結果、予想通り、総脂肪酸の摂取量の増加と、OC患者さんの全死因死亡率の増加との関連が明らかになりました。将来的には、OCの治療において、脂肪酸をターゲットにした食事療法の開発に役立つことが期待されます(図1)。この研究成果は、Nutrition Journal誌に掲載されました(文献1)ので、今回はこの論文を報告いたします。


文献1.
Wei, YF., Xu, YL., Li, YZ. et al. The association of dietary fat and fatty acid intake with ovarian cancer survival: findings from the OOPS, a prospective cohort study. Nutr J 24, 70 (2025).


【背景・目的】

食事中の脂肪および脂肪酸の摂取は、いくつかのがんの発症に影響を与えることが知られている。しかしながら、脂肪および脂肪酸の摂取とOCの生存率の関係に関する報告はほとんどない。本プロジェクトでは、これを明らかにすることを研究目的とした。

【方法】

この目的のために、703人のOC患者さんから収集されたデータを分析した前向きコホート研究OOPSを行った。食事摂取量は、確認された食事頻度に関するアンケートから得られ、コックスの比例ハザードモデル*3を用いて解析し、関連評価を行った。さらに、いくつかのサブグループおよび感度分析*4も実施された。死亡は、医療記録、および、積極的なフォローアップによって確認された。

【結果】

  • 中央値のフォローアップ期間である37.17ヶ月(四分位:24.73~50.17)の間に、合計130人の患者が死亡した。
  • 摂取量が最も低い四分位数に対して、総脂肪の三分位数が最も高い患者さん(HR=1.87、95% CI=1.01〜3.49)において、総脂肪酸(HR=2.20、95% CI=1.27~3.80)、SFA(HR=2.02、95% CI=1.22~3.34)、短鎖SFA(HR=1.59、95% CI=1.03〜2.47)、長鎖SFA(HR=1.69、95% CI=1.03〜2.77)、MUFA(HR=1.77、95% CI=1.02〜3.05)、全死因死亡リスクの増加を示した。
  • さらに、カプリ酸(SFA)(HR=1.92、95% CI=1.23〜3.00)、ミリスチン酸(SFA)(HR=1.86、95% CI=1.15〜3.02)、パルミチン酸(SFA)(HR=1.72、95% CI=1.07〜2.76)、ステアリン酸(SFA)(HR=1.93、95% CI=1.12〜3.31)、及び、オレイン酸(MUFA)(HR=1.96、95% CI=1.13〜3.30)を含むいくつかの一般的なトリグリセリル脂肪酸の摂取について、有意な陽性との関連が認められた。
  • 一方、卵脂肪(HR=0.57、95% CI=0.35~0.92)、及び、果物・植物性脂肪(HR=0.48、95% CI=0.31~0.75)の摂取量は、全死因死亡リスクの低下を示した。

【結論】

  • 本研究により、総脂肪酸;短鎖SFA、長鎖SFA、及び、MUFAの摂取量の増加と、OC患者の全死因死亡率の増加との関連が明らかになった。 逆に、卵脂および果物・植物性脂肪の摂取は、全死因死亡率との逆相関を示した。

用語の解説

*1.卵巣がんフォローアップ研究(Ovarian cancer follow-up study: OOPS)
研究内容;卵巣がん患者853名を対象に2015年から2020年の間で追跡調査を実施し、食事摂取頻度調査票をもとに診断前の肉類や魚介類の摂取量および調理法と卵巣がんの生存率との関連性について調査した。その結果 診断前の魚介類摂取量は卵巣がんの生存率の向上と関連した一方、加工赤身肉摂取量は生存率の低下と関連していた。
*2.飽和脂肪酸(saturated fatty acid:SFA), 一価不飽和脂肪酸(monounsaturated fatty acid:MUFA)
SFAとは、炭素鎖に二重結合あるいは三重結合を有しない(水素で飽和されている)脂肪酸のことである。SFAは同じ炭素数の不飽和脂肪酸に比べて、高い融点を示す。一方、炭素鎖に二重結合あるいは三重結合があるものが不飽和脂肪酸(unsaturated fatty acid:UFA)である。不飽和脂肪酸のなかでも二重結合が1つのものと2つ以上のものでは性格が異なることが明らかになった。1つのものを「一価不飽和脂肪酸(monounsaturated fatty acid:MUFA)」と、2つ以上のものを「多価不飽和脂肪酸(polyunsaturated fatty acid:PUFA)」と区別する。また、PUFAでも二重結合の位置が異なることから、海の物に多いとされるn-3(ω-3)系PUFA、陸の物に多いとされる n-6(ω-6)系PUFA と分類されるようになった。そして、それらに積極的な生理機能があることがわかり、このころからPUFA が注目されてきた。
*3.コックスの比例ハザードモデル
コックス比例ハザードモデルは、生存時間分析において、ある事象が発生するまでの時間に影響を与える要因(説明変数)を解析するための統計手法である。このモデルは、年齢や性別などの共変量が生存時間に与える影響を調べることができ、ハザード比を用いて各要因のリスクへの影響を評価する。詳細は専門書をご覧下さい。
*4.感度分析(Sensitivity analysis)
感度分析とは、計画や予測において、ある要素(変数・パラメータ)が変動した際に、最終的な結果にどの程度影響を与えるかを評価する分析手法である。これにより、不確実な状況下での意思決定の質を高めることができる。詳細は専門書をご覧下さい。

文献1
Wei, YF., Xu, YL., Li, YZ. et al. The association of dietary fat and fatty acid intake with ovarian cancer survival: findings from the OOPS, a prospective cohort study. Nutr J 24, 70 (2025).