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2025/11/20

帯状疱疹のワクチン接種は認知症リスクの低減に有効!?

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • もし、水痘・帯状疱疹ウイルスが認知症の発症に関与するならば、帯状疱疹のワクチン*1の接種は認知症の発症の抑制に繋がるかも知れない。
  • これを明らかにするため、ウェールズにおける帯状疱疹ワクチン接種プログラムを活用した。このプログラムでは、「1933年9月2日」以降「1934年9月1日」までに生まれた人々(80歳未満)は公費接種の対象となった一方で、「1933年9月1日」以前に生まれた人々(80歳以上)は対象外とされた。
  • したがって、この「誕生日」という偶然の区切りを利用することで、ワクチン接種の有無という条件だけが異なる比較グループが出来上がった、「自然実験」*2である。
  • その結果、帯状疱疹ワクチンを接種した人は、接種しなかった人に較べて、認知症のリスクが低減していた。このことから、帯状疱疹ワクチンが、認知症の予防治療に役立つことが期待される。
図1.

高齢になると、帯状疱疹による赤い発疹が脇腹にできてピリピリとした痛みを伴うことがあります。多くの場合、1〜2週間で自然に治癒するのですが、稀に、皮膚の症状が治癒した後も神経痛が長引くことがあります。帯状疱疹を発症する背景として、老化に伴う免疫力の低下が大きく関与すると考えられており(図1)、対策として、帯状疱疹ワクチンの接種による予防が推奨されています。興味深いことに、これまで何度も、「帯状疱疹ワクチンを接種した人は、認知症になりにくい!?」のではないかと言われて来ました。

しかしながら、帯状疱疹自体で重篤化することはほとんどないことから、これまでの研究では、帯状疱疹ワクチンの効果で認知症が予防されているのか、それとも、帯状疱疹ワクチンを打つ人は健康意識の高い人であり、もともとの健康意識の高さで予防されているのか、見分けがつきにくい、すなわち、交絡バイアス*3の影響である可能性が否定出来ませんでした。また、ウイルスが、直接、脳に移行し、神経変性を促進する可能性も考えられました。このような状況で、米国スタンフォード大学のEyting, M.博士らが注目したのが、イギリスのウェールズで行われた帯状疱疹ワクチン接種プログラムです。このプログラムでは、「1933年9月2日」という特定の誕生日を境に、ワクチンを接種できるかどうかが、明確に区切られていました。具体的には、「1933年9月2日」以降に生まれた人々(プログラム開始時点で80歳未満)は公費接種の対象(無料)となった一方で、「1933年9月1日」以前に生まれた人々(80歳以上)は公費接種の対象外とされました。誕生日が数日違うだけで、生活習慣や健康意識が大きく変わるとはないと思われます。したがって、この「誕生日」という偶然の区切りを利用することで、ワクチン接種の有無という条件だけが異なる比較グループが出来上がったことになります。この様な「自然実験」*2の結果、帯状疱疹ワクチンを接種した人は、しなかった人に較べて、認知症のリスクが低減していました。このことから、帯状疱疹ワクチンが、認知症の予防治療に役立つことが期待され非常に意義深いと思われます(図1)。この研究成果は、Nature誌(Article)に掲載されました(文献1)ので、今回はこの論文を報告いたします。


文献1.
Eyting, M., Xie, M., Michalik, F. et al. A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia. Nature 641, 438–446 (2025).


【背景・目的】

以前より、帯状疱疹ウイルスが認知症の発症に関与している可能性が指摘されていた。もし、これが正しいならば、帯状疱疹ワクチンの接種により、認知症の発症は抑制されるかも知れない。本論文の研究目的は、この仮説を明らかにすることである。

【方法】

帯状疱疹ワクチン接種と認知症発症の減少の因果関係を示すため、英国・ウェールズにおける帯状疱疹ワクチンの接種に注目した。すなわち、個人の正確な生年月日に基づいてワクチンの接種資格が決定された;1933年9月2日以前に生まれた人は対象外であったのに対し、1933年9月2日以降1934年9月1日にまでに生まれた人(16,595名)は、公費(無料)で、ワクチンの接種を受ける資格があった。本プロジェクトはこのことを活用した「自然実験」である。

【結果】

  • まず、1933年9月2日から1週齢で接種資格のない人では、接種を受けた成人の割合が0.01%であったが、わずか1週間若い接種資格のある人では47.2%に上昇した。接種する確率のこの大きな差を除けば、1933年9月2日のわずか1週間前に生まれた個体は、1週間後に生まれた個体と体系的に異なる可能性は低いと考えられた。
  • これらの比較群を回帰不連続性設計で使用すると、帯状疱疹ワクチン接種により、7年間のフォローアップ期間における新たな認知症診断の確率が3.5ポイント(95%信頼区間(CI)P=0.6~7.1、P=0.019)低下し、相対的減少率が20.0%(95%CI=6.5~33.4)となった。この保護効果は男性よりも女性の方が強かった。
  • 異なる集団(イングランドおよびウェールズの複合人口)においても、同様の結果を確認した。

【結論】

  • 本研究は、独自の自然実験を用いることにより、帯状疱疹ワクチン接種による認知症予防効果や-遅延効果の証拠を示した。

用語の解説

*1.帯状疱疹ワクチン
帯状疱疹ワクチンには、シングリックスとゾスタバックスの二種類があり、水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化によって帯状疱疹の疫学的発症率と帯状疱疹後神経痛のリスクを下げるワクチンである。シングリックスは、組換えサブユニットワクチンである。シングリックスは、水疱瘡や帯状疱疹の既往歴や帯状疱疹ワクチンの接種歴にかかわらず50歳以上の人への投与が承認されている。免疫機能が弱い人への投与には、シングリックスが適している。ゾスタバックスは、基本的に多量の水痘ワクチンからなる弱毒化生ワクチンである。シングリックスとは違って、ゾスタバックスは免疫抑制されている人や妊娠中の人への投与には適さない。どちらの種類のワクチンともに副作用は一般的に軽度から中等度であり、注射部位の痛み、倦怠感、頭痛などがあげられる。
*2.自然実験
自然実験とは、研究者が意図的に条件を操作するのではなく、実社会で自然に発生した状況変化を利用して、原因と結果の関係や特定の要因の影響を分析する研究手法である。自然実験は、自然や研究者の管理外の要素によって、個人や集団が特定の条件にさらされる状況を利用する。これにより、通常の実験では難しい、多数の要因が複雑に影響する事象の中から、特定の要因による効果を識別することが可能になる。
    自然実験の特徴
  • 非操作性: 研究者が被験者を集めたり、条件を操作したりしない。
  • 実社会の利用: 現実に生じた現象や状況変化を観察対象とする。
  • 因果関係の考察: ある条件の有無が結果にどう影響するかを比較し、因果関係を考察する。
*3.交絡バイアス
交絡バイアスとは、要因と結果の関連性を評価する際に、第三の因子(交絡因子)が原因と結果の双方に関連し、見かけ上の関係を生み出すことで、真の結果を歪めてしまう偏りのことである。交絡因子は、結果に影響を与え、要因と関連があり、かつ要因と結果の中間因子ではないという3つの条件を満たす。
    交絡因子の3つの条件
  1. 結果に影響を与える: 調査対象の結果(アウトカム)に直接影響を及ぼす。
  2. 要因と関連がある: 調査対象の要因(曝露)と関連性がある。
  3. 中間因子ではない: 要因の結果として生じたものではない(要因と結果の間に位置しない)。

文献1
Eyting, M., Xie, M., Michalik, F. et al. A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia. Nature 641, 438–446 (2025).