
高齢になると、帯状疱疹による赤い発疹が脇腹にできてピリピリとした痛みを伴うことがあります。多くの場合、1〜2週間で自然に治癒するのですが、稀に、皮膚の症状が治癒した後も神経痛が長引くことがあります。帯状疱疹を発症する背景として、老化に伴う免疫力の低下が大きく関与すると考えられており(図1)、対策として、帯状疱疹ワクチンの接種による予防が推奨されています。興味深いことに、これまで何度も、「帯状疱疹ワクチンを接種した人は、認知症になりにくい!?」のではないかと言われて来ました。
しかしながら、帯状疱疹自体で重篤化することはほとんどないことから、これまでの研究では、帯状疱疹ワクチンの効果で認知症が予防されているのか、それとも、帯状疱疹ワクチンを打つ人は健康意識の高い人であり、もともとの健康意識の高さで予防されているのか、見分けがつきにくい、すなわち、交絡バイアス*3の影響である可能性が否定出来ませんでした。また、ウイルスが、直接、脳に移行し、神経変性を促進する可能性も考えられました。このような状況で、米国スタンフォード大学のEyting, M.博士らが注目したのが、イギリスのウェールズで行われた帯状疱疹ワクチン接種プログラムです。このプログラムでは、「1933年9月2日」という特定の誕生日を境に、ワクチンを接種できるかどうかが、明確に区切られていました。具体的には、「1933年9月2日」以降に生まれた人々(プログラム開始時点で80歳未満)は公費接種の対象(無料)となった一方で、「1933年9月1日」以前に生まれた人々(80歳以上)は公費接種の対象外とされました。誕生日が数日違うだけで、生活習慣や健康意識が大きく変わるとはないと思われます。したがって、この「誕生日」という偶然の区切りを利用することで、ワクチン接種の有無という条件だけが異なる比較グループが出来上がったことになります。この様な「自然実験」*2の結果、帯状疱疹ワクチンを接種した人は、しなかった人に較べて、認知症のリスクが低減していました。このことから、帯状疱疹ワクチンが、認知症の予防治療に役立つことが期待され非常に意義深いと思われます(図1)。この研究成果は、Nature誌(Article)に掲載されました(文献1)ので、今回はこの論文を報告いたします。
文献1.
Eyting, M., Xie, M., Michalik, F. et al. A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia. Nature 641, 438–446 (2025).
以前より、帯状疱疹ウイルスが認知症の発症に関与している可能性が指摘されていた。もし、これが正しいならば、帯状疱疹ワクチンの接種により、認知症の発症は抑制されるかも知れない。本論文の研究目的は、この仮説を明らかにすることである。
帯状疱疹ワクチン接種と認知症発症の減少の因果関係を示すため、英国・ウェールズにおける帯状疱疹ワクチンの接種に注目した。すなわち、個人の正確な生年月日に基づいてワクチンの接種資格が決定された;1933年9月2日以前に生まれた人は対象外であったのに対し、1933年9月2日以降1934年9月1日にまでに生まれた人(16,595名)は、公費(無料)で、ワクチンの接種を受ける資格があった。本プロジェクトはこのことを活用した「自然実験」である。