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2025/11/26

ヒトヘルペスウイルス感染による認知症血清バイオマーカーの年齢依存的増加

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • ヒトヘルペスウイルスHHV(Human herpesvirus)が認知症初期の病態促進に関与するならば、ワクチン接種により認知症の予防に繋がる可能性がある。
  • これを明らかにするため、本プロジェクトは、認知障害のない認知障害のない(CU:cognitively unimpaired)167 人の女性の血液を採取し、認知症の血清バイオマーカー*1、および、血清HHVを解析した。
  • その結果、血清HHV陽性の被験者のグループは血清HHV陰性グループに較べて、[Aβ40]、[Aβ42]、[Aβ42]/[Aβ40]、[pTau181]、[pTau217]などの年齢に応じた血清濃度の上昇率が有意に高いことがわかった。
  • HHVの高齢期における再活性化をターゲットにした認知症の予防治療が有効かも知れない。
図1.

現在の抗Aβモノクローナル抗体による免疫療法は、初期のアルツハイマー病(AD)患者さんに対する臨床治験に成功したとは言え、治療効率があまり良くないこと、医療価格が高いこと*2、血管浮腫などの副作用があることなど、いくつかの欠点があり、まだ、決定的ではありません。したがって、安価*2で副作用が少ない他の治療戦略も並行して追求した方が良いと思われます。この意味でも、ヒトに感染するヘルペスウイルスHHV(Human herpesvirus)が神経変性疾患の促進に関与する可能性が注目されています。HHVは全部で8種類あり、HHV1, HHV2, …、〜8と番号が振られています(図1)。前回、お伝えしました水痘・帯状疱疹ウイルスもHHV-3として「ヘルペス科」に属しますが、HHV-3だけでなく、その他のHHVメンバーも若年期に脳炎を引き起こすことが知られていますから、神経節などに残存したウイルスが、高齢期に再活性化して、神経変性疾患に関与する可能性を明らかにしておく必要があります(図1)。このような状況で、米国ミネソタ大学医学部のLisa M. James博士らは、CU女性の血液を採取し、認知症のバイオマーカーを解析したところ、血清HHV陽性の被験者のグループは血清HHV陰性グループに較べて、[Aβ40]、[Aβ42]、[Aβ42]/[Aβ40]、[pTau181]、[pTau217]などの年齢に応じた血清濃度の上昇率が有意に高いことがわかりました。このことから、HHVが認知症に促進的に働くことが示され、HHVをターゲットにした治療戦略を立てる上で重要であると考えられました。この研究成果は、Scientific Reports誌に掲載されました(文献1)ので、今回はこの論文を報告いたします。


文献1.
James, L.M. et al, Human herpes viruses are associated with steeper age-dependent increases of serum biomarkers for dementia in cognitively unimpaired women. Sci Rep 15, 25475 (2025).


【背景】

最近は、CU患者さんにおける認知症のスクリーニングや早期発見のために、認知症の血液バイオマーカーがますます活用されている。HHVの感染が認知障害のない女性において認知症の血清バイオマーカーと関連するかどうか解析するのが本研究の目的である。

【方法】

ここでは、26〜98歳の167人のCU女性から連続訪問時に採取された345検体において、血清中の数種類の認知症関連バイオマーカー(Aβペプチド;[Aβ40]、[Aβ42]、Aβ42/Aβ40比、リン酸化タウ;[pTau181]、および、[pTau217])の血清レベルを測定し、さらに、HHVs1〜6の血清抗体価を判定した。

【結果】

  • Aβ42/Aβ40を除くすべてのバイオマーカーは、特に血清HHV陽性の患者において、年齢とともに著しく増加した。
  • バイオマーカーに関しては、Aβ40 > Aβ42 > pTau217 > pTau181 で最も高い増加が見られ、HHVに関しては HHV4 > HHV6 > HHV1 > HHV2 > HHV5の順であった (HHV3 はすべてのサンプルにおいて血清陽性)。
  • 全体として、年齢に応じたバイオマーカーの平均上昇率は、血清HHV陽性群対血清陰性群で2.15×高い水準であった(P = 0.003)。
  • アポリポタンパク質E4(apoE4)遺伝子型の存在は、血清HHV陽性対血清HHV陰性における認知症の発生率に有意な効果をもたらさなかった。

【結論】

  • これらの知見は、以前のウイルス感染と認知症関連の血液バイオマーカーとの関連を示し、アポE4対立遺伝子の有無にかかわらず、認知症の発症においてHHVの再活性化が関与する可能性を高めている。

用語の解説

*1.認知症の血液バイオマーカーのメリット
脳脊髄液検査やPETイメージング検査はADの脳内変化を高い精度で検出する技術であり、AD治療薬開発への大きな貢献が期待される。しかしながら、前者は侵襲性の高い検査であり、とりわけ高齢者には身体的負担が大きいと予想され、後者は費用が高額である。したがって、大規模な治験で用いるのにはいずれも適当ではない。このようにして、血液バイオマーカーが診療場面で実用化された場合、認知症の診断補助に役立ち、更に患者さんの負担軽減や医療コストの削減にもつながると期待された。一方、デメリットとしては、血液バイオマーカーは、脳脊髄液検査やPET検査と比較して、まだ診断精度に課題が存在する。特に、脳内のAβ蓄積の有無を判断する際の頑強性には、改善の余地がある。
*2.抗Aβ免疫療法の高額な医療価格
抗Aβ免疫療法の高額な医療価格は、この治療法の改善点の一つである。例えば、厚生労働省の中央社会保険医療協議会は2023年12月13日、新規AD治療薬である抗可溶性Aβ凝集体抗体レカネマブ(商品名レケンビ)について、12月20日の薬価収載を了承した。製造販売元のエーザイは、薬価収載と同時にレカネマブを発売した。薬価は、点滴静注200mg 1バイアルが4万5777円、同500mg 1バイアルが11万4443円。同薬の用法用量は「10mg/kgを、2週間に1回、約1時間かけて点滴静注」となっており、体重50kgの患者の場合、年間での薬価は約298万円となる。高額療養費制度で自己負担は年14万4,000円程度(70歳以上、一般所得層の場合)に抑えられるが、公費の大幅増は必至で、日本の社会保障制度を破綻させかねないリスクがある。一方、ワクチンは、比較的安価である。自治体によって多少異なるが、渋谷区における帯状疱疹生ワクチン接種費用は皮下注射1回の費用は、6,000円~13,000円程度であり、助成額は4,000円である。

文献1
James, L.M. et al, Human herpes viruses are associated with steeper age-dependent increases of serum biomarkers for dementia in cognitively unimpaired women. Sci Rep 15, 25475 (2025).