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2025/12/1

エプスタイン・バーウイルス感染症の治療ターゲットとしてのR9AP受容体

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • ヒトヘルペスウイルス(Human herpesvirus:HHV)に属するエプスタイン・バーウイルス (EBV) *1は、伝染性単核症*2、がん、自己免疫性疾患、多発性硬化症など多彩な病気の原因となるが、そのメカニズムは不明である。
  • 本プロジェクトでは、上皮細胞およびB細胞へのEBVの感染・侵入に共通する受容体としてR9AP*3を同定した。
  • R9APはEBVの糖タンパク質gH/gL複合体*4に直接結合して、ウイルス-細胞膜融合を開始した。
  • これらの結果は、EBV感染症の治療開発(抗ウイルス薬、ワクチンなど)に役立つことが期待される。
図1.

前回、HHVに属する水痘・帯状疱疹ウイルス(HHV-3)が、高齢期に再活性化して、認知症などの神経変性疾患の原因になることをお伝えしましたが(ヒトヘルペスウイルス感染による認知症血清バイオマーカーの年齢依存的増加〈2025/11/26掲載〉)、その他のHHVのメンバーも多くの病気の発症に関与しています。今回、取り扱いますEBV(HHV-4)は、小児期に感染すると、伝染性単核症、成年〜高齢期には、がん(B細胞リンパ腫、鼻咽頭癌、および、胃癌)、自己免疫性疾患(SLE、リューマチ性関節炎)、多発性硬化症(〜60%に認知症を伴う)など多彩な病気の原因となることが知られています(図1)。現時点でEBV感染症の治療法はありませんので、抗ウイルス薬やワクチンなどの治療法を早急に開発しなければならないのですが、このためには、EBV感染のメカニズムを理解する必要があります。このような考えに基づいて、中国・広州にあります中山大学がんセンターのLisa M. James博士らは、EBVの感染効率が単層細胞よりも球状細胞として培養されると著しく高くなることから、球状細胞の状態では、EBV受容体がより高いレベルで発現する可能性を仮定しました。この仮説に基づいて、B細胞および上皮細胞の重要な共通受容体としてR9APを同定しました。実際、R9APをsiRNAでノックダウンするとEBVの感染効率は低下し、逆に、R9APを過剰発現すると感染効率は増加することが示され、これらの結果から、R9APがEBV感染症治療のターゲットになることが示唆されました(図1)。この研究成果は、Nature誌に掲載されました(文献1)ので、この論文を報告いたします。ほぼ、同時期にEBV感染に関与する細胞受容体として、デスモコリン2 (DSC2)が同定されていることから(Wang et al. Nat Microbiol. 2025)、複数の異なる受容体が関係する可能性が示唆されました。


文献1.
Li, Y., Zhang, H., Sun, C. et al. R9AP is a common receptor for EBV infection in epithelial cells and B cells. Nature 644, 205-213 (2025).


【背景・目的】

EBVは、ヒトの90%以上に持続的に感染し、単核性障害、さらに、上皮細胞またはB細胞由来の複数の悪性腫瘍、および、自己免疫疾患を引き起こす。EBVは、ウイルス性糖タンパク質と宿主受容体との相互作用を通じて上皮細胞やB細胞に感染するが、2つの宿主細胞の感染を共通の受容体が媒介するかどうか不明である。したがって、本プロジェクトは、これを明らかにすることを研究目的とする。

【方法・結果】

  • 以前より、EBVのB細胞への感染効率が単層細胞よりも球状細胞として培養されると著しく高くなることから、球状細胞の状態では、EBV受容体がより高発現する可能性を仮定した。この仮説に基づいて、単層細胞と球状細胞の間で差分発現する遺伝子を、ゲノム全体マイクロアレイ解析により、球状細胞でより高発現した4つのEBV転写産物を同定した。
  • このようにして得られた転写産物を解析した結果、siRNA によりR9APをノックダウンさせると、EBV感染は著しく阻害されるのに対し、R9APを過剰発現させるとB細胞、および、上皮細胞へのEBV感染は促進されることが示された。
  • R9APはEBV糖タンパク質 gH/gL複合体に結合して、膜融合を開始した。注目すべきことに、R9APとgH/gLの相互作用が、EBV上皮細胞およびB細胞の侵入を阻害する極めて競争性の高いgH/gL中和抗体AMMO1によって阻害された。
  • さらに、R9APはB細胞または上皮細胞におけるEBV gp42-HLAクラスIIまたはgH/gL-EPHA2複合体と協力して、ウイルスおよび細胞の膜融合を媒介することが示された。

【結論】

B細胞および上皮細胞の重要な共通受容体としてR9APが発見され、EBVの予防的およびワクチン標的となる可能性があると結論された。

用語の解説

*1.エプスタイン・バーウイルス(Epstein-Barr virus:EBV)
エプスタイン・バーウイルスは、ヘルペスウイルス科に属するウイルスの一種である。日本ではよくEBウイルスと略して呼称される。EBウイルス(以下EBVと略記)は、いわゆる「キス病」と言われる伝染性単核球症の原因ウイルスとして有名である。日本では成人までに90%〜ほぼ100%の人が唾液や性分泌液等を介してEBVに感染する。巧妙に潜伏、また時に応じて再活性化を来たして維持拡大を図るため、ウイルスは終生にわたって持続感染し排除されない。
*2.伝染性単核症
伝染性単核症とは、主にEBVの初感染によって起こり、発熱、喉の痛み、リンパ節の腫れ、発疹などを主症状とする感染症である。伝染性単核症に対する特異的な治療は現時点では存在しない。基本的には自然に治癒する病気であることから、対症療法を行いながら回復を待つ。
*3.R9AP
R9APは、上皮細胞およびB細胞におけるEBV感染の共通受容体である。R9APは、以前に光受容体GTPAase加速タンパク質(RGS9-1)用の膜アンカーとして同定された(Hu and Wensel, 2002 PNAS)。Gタンパク質シグナル伝達(RGS)-9-1-1-G αtβ5複合体の調節因子は、脊椎動物の視細胞におけるGαtの加速タンパク質を形成する。in vitroで発現するとこの複合体は可溶性であるが、膜から内因性タンパク質をdetergentで抽出すると、RGS9-1、G β5β5、G αtαt、および25kDaリン酸リン酸R9AP(RGS9-1-Anchor Protein)の複合体が含まれている。
*4.gH/gL複合体
gH/gL 糖タンパク質は、ヘルペスウイルスが細胞に感染する際に重要な役割を果たすタンパク質のペアである。gHとgLはそれぞれ別のタンパク質であるが、複合体を形成して初めて機能する。この複合体は、ウイルスの表面にあり、細胞の膜とウイルス膜が融合するのを助ける「接着剤」のような役割を担っている。gH/gL複合体は、ウイルスが宿主細胞の中に入るための鍵のようなものであり、ウイルス感染を防ぐためのワクチン開発では、このgH/gL複合体を狙う研究がたくさん進められている。

文献1
Li, Y., Zhang, H., Sun, C. et al. R9AP is a common receptor for EBV infection in epithelial cells and B cells. Nature 644, 205-213 (2025).