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2025/12/9

筋萎縮性側索硬化症における治療標的としてのAtaxin-2

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態の中心は、TAR DNA-binding protein 43 (TDP-43)*1の凝集による神経毒性であり、この病理的メカニズムを理解することが治療開発に重要である。
  • 本研究では、家族性ALSの原因となる、変異型プロフィリン-1 C71G (PFN1 C71G)*2を発現するトランスジェニック(Tg)モデルマウスを作成した。
  • これをALSモデルとして、アデノ随伴ウイルス(AAV)を用いてAtxn2*3miRNAによる遺伝子治療を行った結果、TDP-43の凝集・蓄積は抑制され、運動機能は改善することを見出した。
  • 以上より、Ataxin-2がALSの治療標的になると予想され、PFN1C71G Tgマウスモデルを用いた薬剤開発などが期待される。
図1.

ALSは、上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの両者の細胞体が散発性・進行性に変性脱落する神経変性疾患です。ALSの病態における神経毒性の中心は、TDP-43の凝集ですから、この病理的メカニズムを理解することが治療開発に重要です。TDP-43以外にも、多くの蛋白凝集がALSの病態に関与することが知られていますが、中でも、Ataxin-2とプロフィリン-1 (PFN1)は、TDP-43の凝集促進のリスク因子として重要であると考えられて来ました(図1)。Ataxin-2をコードするAtxn2は、12番染色体長腕(12q24.12)に座位する遺伝子であり、その翻訳領域における通常はアミノ酸残基(a.a.)23以下のCAGリピートが異常伸長した(>35〜40 a.a.)ポリグルタミン鎖を持つタンパク質(PolyQ)が生成されます。この異常PolyQは、神経細胞内で凝集・蓄積することにより、神経変性を引き起こし、脊髄小脳変性症2型*4が発症します。興味深いことに、Atxn2のCAGリピートの中間的伸長(27~34 a.a.)は、ALSの病態にリンクすることが知られており、TDP-43の凝集促進に関与するかも知れないと考えられています(図1)。一方、アクチン結合タンパク質の一種であるPFN1は遺伝子変異により凝集性を獲得し、TDP-43の凝集をする可能性が示されてきました。今回、Ataxin-2がALSの治療標的になる可能性を検討するために、米国Biogen社のZachary C. E. Hawley博士らは、変異型PFN1C17Gを過剰発現したALSのTgモデルマウス(内因性TDP-43の凝集・蓄積)を作成し、このマウスに対して、アデノ随伴ウイルス(AAV)を用いたmiRNAによる遺伝子治療を行ったところ、中枢神経系(CNS)におけるTDP-43の凝集・蓄積は抑制され、運動機能は改善することを見出し、ALSの治療開発への応用が示唆されました。研究成果は、最近のActa Neuropathol Commun.誌に掲載されましたので、この論文(文献1)を報告いたします。ALSにおいては、抗TDP-43モノクローナル抗体を用いた免疫療法などの治療開発が進んでいないことを考慮しますと、これらの結果は非常に魅力的です。


文献1.
Hawley ZCE, et al, Viral-mediated knockdown of Atxn2 attenuates TDP-43 pathology and muscle dysfunction in the PFN1C71G ALS mouse model. Acta Neuropathol Commun 2025 13(1):116.


【背景・目的】

ALSは、進行性運動ニューロンの喪失と筋萎縮を特徴とする致死性の神経変性疾患であり、CNSにおけるRNA結合タンパク質TDP-43の高リン酸化凝集は、TDP-43の機能不全がALSの病態形成の根底にあることを示唆している。これをTgマウスモデルにおいて検討することを研究の目的とする。

【方法】

本研究では、ALS関連PFN1C71G変異タンパク質を発現するTgマウスを作成し、これをモデルにしてAtxn2のノックダウンによる治療効果を検討する。

【結果】

  • PFN1C71GのTgマウスにおいては、CNSに内因性TDP-43の早期高リン酸化が誘導され、時間の経過とともに増強した。これは、不溶性非リン酸化TDP-43の蓄積による神経変性、および、筋肉の運動機能障害の発現に先行した。
  • AAV-miRNAの遺伝子治療によるCNSにおけるAtxn2の持続的なノックダウンにより、脊髄におけるTDP-43の凝集・蓄積は減少し、それとともに、筋肉や運動機能は改善した。
  • PFN1C71GTgマウス、および、ALS患者さんの脊髄サンプルのRNA配列を比較解析することにより、AAV-Atxn2-miRNAによって減衰される炎症性遺伝子シグネチャーを含む、転写中の摂動のパターンが示された。
  • 注目すべきことに、PFN1C71GTgマウス骨格筋の転写酵素の調節不全が脊髄のそれを上回ること、および、CNSにおけるATXN2の減少によって改善されることが観察された。

【結論】

  • 本研究により、PFN1C71GTgマウスとヒトALS患者さんとの間に有意な遺伝子共発現ネットワークの同義語が見つかり、神経炎症および神経機能に関連するモジュールの共有調節不全が見られた。
  • さらに、PFN1C71GTgマウスモデルを用いて、ALSに関する生物学的知見を提供する新しいハブ遺伝子や、このマウスモデルでさらに調査可能な薬物標的の可能性を探ることが可能になる。

用語の解説

*1.TAR DNA-binding protein 43 (TDP-43)
TDP-43は核に局在するRNA結合タンパク質であり、様々な遺伝子の転写やスプライシングに関与している。2006年、ALSや一部の前頭側頭葉変性症の神経細胞やグリア細胞に認められるユビキチン陽性封入体の主要な構成タンパク質としてTDP-43が同定された。TDP-43の凝集体形成と神経細胞脱落との関連が示唆されている。最近では、TDP-43凝集体のプリオン様性質が注目されており、凝集体が細胞間を伝播し、伝播した先の細胞内で凝集のシードとして機能し、その結果、異常病変が経時的に拡がるという病態メカニズムが考えられている。
*2.プロフィリン-1(PFN1)
PFN1は,ポリプロリンモチーフに富む単量体アクチンと蛋白質の両方との結合を介してアクチン動力学の調節に重要な役割を果たす。PFN1の変異は神経変性疾患筋萎縮性側索硬化症(ALS)にリンクしている。
*3.Atxn2(Ataxin-2)
Ataxin-2 蛋白をコードするAtxn2遺伝子のリピート伸長は、DNAの繰り返し配列の数が通常レベルを超えて増加する構造的変異である。この繰り返し単位は、トリヌクレオチド(3つの塩基)であることが多いが、より長い繰り返し単位も存在する。リピート伸長は、40種類以上の遺伝性疾患の原因として知られている。これらの疾患の多くは神経系に影響を及ぼす。主な疾患例として、ハンチントン病、脆弱X症候群、筋強直性ジストロフィー、脊髄小脳失調症がある。リピート伸長は「動的な変異」と呼ばれ、DNA複製中にそのサイズがさらに変化する傾向がある。このため、親から子へ受け継がれる際にリピート数が増加することがある。ピート伸長の検出には、次世代シーケンシング(NGS)などの分子技術が用いられる。
*4.脊髄小脳変性症2型(Spinocerebellar ataxia type 2: SCA2)
SCA2とは第12染色体長腕に位置するATXN2遺伝子内のCAGリピートが異常伸長により発症する常染色体優性の脊髄小脳変性症であり、ポリグルタミン病のひとつである。過去の分類法では遺伝性オリーブ橋小脳萎縮症、Menzel型遺伝性脊髄小脳変性症に該当し、Harding分類では視神経萎縮、外眼筋麻痺、認知症、筋萎縮、錐体外路症状を伴うADCAⅠに相当する疾患である。

文献1
Hawley ZCE, et al, Viral-mediated knockdown of Atxn2 attenuates TDP-43 pathology and muscle dysfunction in the PFN1C71G ALS mouse model. Acta Neuropathol Commun 2025 13(1):116.