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2025/12/16

a-シヌクレイノパチーにおけるリピート伸長の重要性

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 脊髄小脳変性症2型(SCA2)の原因遺伝子であるAtxn2のリピート伸長(RE)*1は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)のリスク因子であるが、パーキンソン病(PD)やレビー小体型認知症(DLB)などのa-シヌクレイノパチーにおける効果は不明である。
  • 本プロジェクトでは、AMP PD*2プログラムより得られた患者さんの全ゲノムデータに対して、37個の神経障害に関連するREを解析した。その結果、PDおよびDLB、それぞれにおいて、中断型、または、非中断型Atxn2のREを数例特定した。
  • 今回の研究結果は、Atxn2のREが、複数の神経変性疾患に関与する「多面発現*3」であり、共通した治療ターゲットになる可能性を示唆している。
図1.

最近、汎発性神経変性疾患の病態にREが関与する可能性が注目されています。前回、ALSの病態においてSCA2の原因遺伝子であるAtxn2CAGの軽度RE異常がリスク因子になることをお伝えしましたが(筋萎縮性側索硬化症における治療標的としてのAtaxin-2〈2025/12/09掲載〉)、以前より、SCA2にパーキンソン症状が見られることから、SCA2とPDの関連性が言われて来ました。それでは、PDやDLBなどのa-シヌクレイノパチーの病態においても、CAGリピートの伸長が関与しているのでしょうか?これを明らかにするために、オーストラリアメルボルン大学のWang, L. 博士らは、AMP PD LBDプログラムより、37件の神経障害関連RE群の全ゲノムデータを解析した結果、PDおよびDLB、それぞれ、数例において、中断型、または、非中断型Atxn2のREの両方を特定しましたが、対照群にはいずれも含まれませんでした。この結果は、a-シヌクレイノパチーの病態、特にa-シヌクレインの凝集、とAtxn2のREとの関連性(直接的、または、間接的)を示唆するものであり、さらに、SCA2やALSを含む複数の神経変性疾患におけるAtxn2REの「多面発現」を支持することから、Atxn2がこれらの疾患の共通した治療ターゲットになり得るものと思われました。研究成果は、npj Parkinson's Dis.誌に掲載されましたので、この論文を報告いたします(文献1)。PDにおいては、Atxn2RE以外にもいくつかのREが報告されて来ました(図1)*4。これらのREが早期診断のマーカーとして役立つ可能性、あるいは、同時治療ターゲットになる可能性など多くのことが期待されます。


文献1.
Wang, L. et al. Identification of expanded and interrupted ATXN2 repeat expansions in Parkinson’s disease and Lewy Body Dementia cohorts. npj Parkinson's Dis 11, 341 (2025).


【背景】

REとは、特定の塩基配列が正常範囲を超えて繰り返される遺伝子変異のことで、様々な神経疾患の原因となることが知られている。本研究は、大規模なゲノムデータを用いた包括的なスクリーニングにより、a-シヌクレイノパチーにおけるREの役割を明らかにすることを目的にした。

【方法】

本研究では、AMP PDのコホートから得られた全ゲノムシーケンスデータを用いて、神経疾患に関連する37種類のREについて解析が行われた。

【結果】

  • その結果、PD患者さん2,431症例中4例(0.16%)とDLB患者さん2,468症例中2例(0.08%)において、Atxn2遺伝子の中断型、および、非中断型のREが同定された。一方、対照群ではこれらの変異は検出されなかった。Atxn2遺伝子はSCA2やALSの原因遺伝子として知られているが、今回の研究ではPDやDLBとの関連も示された。
  • 注目すべき点は、同定されたREが「中断型」と「非中断型」の両方のパターンを示したことである。これらの異なるパターンが疾患の表現型にどのような影響を与えるかは、今後の研究課題である。

【結論】

本研究は、PDやDLBなどの神経変性疾患における遺伝的リスク因子の理解を深めるために重要である。Atxn2遺伝子のREが複数の神経変性疾患に関与することが示されたことで、共通の分子メカニズムを標的とした治療法開発の可能性が広がる。また、全ゲノムシーケンスデータを用いたREの網羅的解析手法は、他の神経変性疾患における遺伝的要因の解明にも応用できる可能性がある。今後は、同定されたAtxn2遺伝子変異を持つ患者の臨床像の詳細な分析や、REが神経細胞に与える影響の分子レベルでの解明が期待される。さらに、より大規模なコホートでの検証や、他の神経変性疾患におけるAtxn2遺伝子変異の調査も重要な研究課題になると思われる。

用語の解説

*1.リピート伸長(Repeat Expansion: RE)
REは、DNAのタンデムリピート(繰り返し配列)の数が通常レベルを超えて増加する構造的変異である。この繰り返し単位は、トリヌクレオチド(3つの塩基)であることが多いが、より長い繰り返し単位も存在する。REは、40種類以上の遺伝性疾患の原因として知られている。これらの疾患の多くは神経系に影響を及ぼす。主な疾患例として、ハンチントン病: CAG REが原因である。脆弱X症候群: FMR1遺伝子内のCGG REが原因である。筋強直性ジストロフィー: CTG REが原因である。脊髄小脳失調症: いくつかのタイプがREによって引き起こされる。REは「動的な変異」と呼ばれ、DNA複製中にそのサイズがさらに変化する傾向がある。このため、親から子へ受け継がれる際にリピート数が増加することがある。REの検出には、次世代シーケンシング(NGS)などの分子技術が用いられます。特に、長いリードを生成できるシーケンシング技術は、REの正確なサイズ決定に有効である。
*2.AMP PD (Accelerating Medicines Partnership in Parkinson's Disease)
AMP PDは、米国国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)、米国国立老化研究所(NIA)、米国食品医薬品局(FDA)、製薬会社(GSK、ファイザー、サノフィ、ブリストル・マイヤーズ スクイブ、Verily)、およびマイケル・J・フォックス財団などの非営利団体が連携して2018年に設立された。その主な目的は、PDの治療法開発を加速させるために、バイオマーカーの発見と検証を行うことであった。AMP PDは、4,298人のPD患者と健常対照者から収集された匿名化されたデータを研究者に提供するデータポータルを運営している。このプラットフォームには、全ゲノムシーケンス、トランスクリプトミクス、および調和化された臨床データが含まれており、研究者はこれらのデータを探索・分析できる。研究者は、AMP PDポータルを通じてデータにアクセスを申請できる。データはGoogle Cloud PlatformとTerraに保存されており、安全かつ容易にアクセス可能である。2024年7月には、AMP PDの取り組みを基盤として、PDおよび関連疾患における加速医療パートナーシップ(AMP PDRD)が開始された。AMP PDRDは、DLB、多系統萎縮症、進行性核上性麻痺などの神経変性疾患とPDを区別する方法を見つけることにより、早期診断、タイムリーな介入、そして患者の転帰改善に貢献することを目指している。
*3.多面発現(Pleiotropy)
多面発現、多相遺伝、または、多面作用とは、1つの遺伝子が複数の形質に影響を与える現象を指す生物学用語である。例えば、ある遺伝子が肌の色、髪の毛の太さ、肥満のなりやすさなど、様々な性質に影響を与えることがある。
*4.PDにおけるAtxn2以外のREに関する報告
代表的文献を以下に示す。
  • Ma, D. et al. Association of NOTCH2NLC Repeat Expansions with Parkinson Disease. JAMA Neurol 2020;77(12):1559-1563.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32852534/
  • Akçimen, F. et al. Long-read sequencing identifies FGF14repeat expansions in Parkinson’s disease. Brain awaf456, 02 December 2025
  • Hirano, M. et al. Non-coding repeat analyses in patients with Parkinson’s disease. Front. Neurol. 22 July Volume 16 2025

文献1
Wang, L. et al. Identification of expanded and interrupted ATXN2 repeat expansions in Parkinson’s disease and Lewy Body Dementia cohorts. npj Parkinsons Dis 11, 341 (2025).