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研究者向け

2020/11/16

子供はなぜ、新型コロナウイルスに感染しにくいのか?

文責:正井 久雄

SARS-CoV-2ウイルスは、大人に比べて子供には感染しにくい、あるいは感染しても重症化しないことが知られていました。

SARS-CoV-2が大人に感染すると、呼吸系の症状が顕著であり、急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome;ARDS)の発症に至る場合があります。一方、子供の場合は呼吸器系の障害は稀ですが、生命の危機をもたらす小児多臓器系炎症性症候群(multisystem inflammatory syndrome;MIS-C)を引き起こすことがあります。このような症状の違いを何がもたらすのかについて、米国コロンビア大学の研究者が解析し、11月5日付のNature Immunology誌に報告しました。

研究者らは、2020年3月から6月にかけて、New York Presbyterian/Columbia University Irving Medical Center hospitalおよびthe Morgan Stanley Children's Hospital of New Yorkで行われた4個の患者グループにおいて、抗体応答を詳しく調べました。これらのグループは70人の患者を含み、その中には感染から回復した19人の患者からの血清、13人の大人の重症患者、MIS-Cで入院した16人の子供、感染したが、MIS-Cを発症しなかった31人の子供を含みます。

解析の結果、子供と大人はSARS-CoV-2の感染に対して異なる抗体応答を示すことが明らかとなりました。

大人は抗Spike (S) IgG, IgM and IgA 抗体、および抗-nucleocapsid (N) IgG 抗体を産生したのに対して、子供は、MIS-C 発症の有無にかかわらず、概して抗SARS-CoV-2-特異的抗体のレベルが低く、大部分抗Spike (S) IgG 抗体を産生しましたが、抗Nタンパク質抗体はほとんど産生しませんでした。さらに、 子供はMIS-C 発症の有無にかかわらず、中和抗体のレベルは大人に比べて低く、抗体に対する抗ウイルス応答が微弱であることが明らかとなりました。

子供たちは、感染による症状の程度に関わらず、ほぼ同様の抗体応答を示したのに対して、大人の場合は、重症化した患者の抗体応答は、量や抗体の型、中和活性などいずれも高い値を示しました。

この論文の著者らは、「子供は、感染時間が大人に比較して、ずっと短く、抗体を産生する前に、ウイルスを効率よく排除してしまうのであろう」と想像しています。

著者らはさらに次のように述べています。

「病原体への暴露は大部分、幼児あるいは子供の時に起こり、ウイルス特異的なメモリーが大人では形成されている。子供がSARS-CoV-2感染に対して重症化しない理由は、気管支上皮細胞でウイルスの受容体であるangiotensin-converting enzyme 2(ACE2)の発現が低いこと、あるいは、自然免疫による防御システムがより効果的であることが考えられる」

子供は、大人より多くのナイーブT細胞を持っており、新しい病原体の検出を効率よく行うことができます。これに対して大人は、免疫メモリーに依存しており、新しい病原体に対して、子供のように柔軟に対応できないと考えられます。

子供がnucleocapsidタンパク質に対する抗体を産生しないのは、子供では、感染が他のタイプの細胞にまで拡がっていないからであろうと考えられます(Nタンパク質は細胞内に取り込まれたウイルス粒子からゲノムRNAが放出されないと抗原となりません)。子供は、ウイルスを、急速に除去してしまうため、広範な感染に至らず、ウイルス防御のために強い抗体反応を必要としないと想像されます。しかし、子供はどのようにウイルスを除去するのか、また大人の免疫システムでは、何が欠けているのか?など未解決の問題が多く残っています。

現在、研究者らは、感染に対する、T細胞応答、特に肺に存在するT細胞に着目して、子供と大人の違いを詳細に調べています。また、大人では子供に比べて、感染時に自然免疫応答が遅れるのはなぜか、も重要な問題です。これらの研究から、SARS—CoV-2感染が時には重症化し、時には大きな症状が出ない理由が明らかになることが期待されます。