2020/12/25
SARS-CoV-2は、肺においては、angiotensin-converting enzyme 2(ACE2)受容体やtransmembrane protease, serine 2(TMPRSS2)を発現している肺胞上皮2型細胞(alveolar epithelial type 2 cells ; AT2)に選択的に感染します。これらの細胞は肺胞由来の細胞です。SARS-CoV-2による致死のほとんどは肺胞の損傷が原因となります。従って、SARS-CoV-2が肺細胞に及ぼす影響を詳細に調べることは病態の解明のために重要です。
ヒトiPS細胞から誘導した肺胞上皮2型細胞(iAT2)を用いて、肺細胞におけるSARS-CoV-2感染が引き起こす変化を、質量分析を用いて詳細に解析した結果がMol. Cell誌に報告されました。この研究では、SARS-CoV-2感染後、1,3,6,24時間後のタンパク質、リン酸化部位の網羅的解析を行いました。
その結果、8個のウイルス由来タンパク質を含む8,471個のタンパク質、リン酸化部位としてSARS-CoV-2上に14,289個、また2,703個の宿主由来リン酸化タンパク質が同定されました。1,166個の肺細胞由来のタンパク質上の4,688個のリン酸化部位が継時的に変化していることが明らかとなりました。これらのタンパクの多くが肺細胞の機能を制御する役割を担っています。
研究チームは、急初期、初期、中期、後期の4つの宿主タンパク発現の波を同定しました。特に、急初期にはtumor necrosis factor receptor-associated factor 6(TRAF6)を介するサイトカイン誘導、nuclear factor kappa B(NF-κB)の活性化、C型lectin 受容体など、ウイルス感染に関連する因子に変化が観察されました。感染直後に、mammalian target of rapamycin(mTOR)による翻訳制御に変化が誘導され、これは種々のタンパク質合成系に大きな影響を与え、感染後期における40S,60Sリボソームサブユニットレベルを変化させました。さらに、ミトコンドリア28Sリボソーム因子が感染後期に増加し、これによりウイルス複製へのエネルギー要求に応答していると考えられます。
感染初期から後期(3-24時間)にかけては、RAD3-related protein(ATR; checkpoint kinase regulator), a caspase(CASP7/8; cell death effectors), and the mitotic checkpoint serine/threonine-protein kinase BUB1 beta(BUB1B; mitotic checkpoint regulator)など細胞周期チェックポイントに関連した産物の増加が観察されました。これは、> ウイルス感染に対する細胞応答の一環であると考えられます。
これらのdataから、iAT2細胞においては、ウイルス感染によりinternalizationに関連するS991のリン酸化の上昇、DNA損傷応答の誘導、細胞周期キナーゼの活性低下、細胞死関連因子の活性化などが誘導されます。このように、SARS-CoV-2は、複数の細胞内シグナル経路を障害することにより、肺細胞を完全にハイジャックし、感染細胞の細胞死を誘導することが明らかとなりました。