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2026/2/19

Kras遺伝子の突然変異部位に依存した異なる肺がんの性質

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 非小細胞肺がん(NSCLC)*1におけるKras変異はよく知られているが、そのうち最も頻度の高いG12CとG12D変異の生物活性の違いが厳密に比較解析されたことはない。このことは、分子標的治療薬*2を用いた医療の推進に重要である。
  • 本プロジェクトでは、G12CとG12Dを遺伝子改変マウスモデル*3と患者さんの検体を用いた研究で比べた結果、腫瘍の生物学的特性と治療抵抗性に関して、両者に大きな違いがあることが示された。
  • また、Kras阻害剤*4の使用は免疫チェックポイント治療と組み合わせることにより、治療効率が有意に上がることを見出した。
  • 本研究は、Kras変異特異的な治療戦略の開発と、個別化医療の推進に向けた重要な基盤を提供する可能性がある。
図1.

近年、肺がん、大腸がん、乳がんなど、特定のがんの診療において、手術後の治療や再発のスクリーニングなど、必要に応じて、がんの発症・進行に関連した遺伝子の検査が行われるようになりました。少数の遺伝子を調べて変異の有無を診断し、その結果をもとに遺伝子変異のある遺伝子産物を標的とする分子標的治療薬を選びます。NSCLCの場合、新しい分子標的治療薬が続々と承認され、2023年10月の時点で、対応する分子標的治療薬がある遺伝子変異の数は9種類となっています(図1)。中でも、多くの場合、Kras遺伝子に発がん性の突然変異が認められます。発がんに関わる最も多い変異は12番目のグリシンが他のアミノ酸に変化する変異で、システィン(G12C変異)、アスパラギン酸(G12D変異)は中でも頻度が高く、両者の生物活性に大きな違いがあると考えられていますが、これまで、厳密に比較解析されたことはありませんでした。この様な状況で、米国のテキサス・サウスウェスタン医科大学のHai-Cheng Huang博士らは、NSCLC におけるG12C変異とG12D変異をLSLシステム*5 を用いて作成した遺伝子改変マウスモデル、及び、患者さんの検体を用いた研究で比べた結果、腫瘍の生物学的特性と治療抵抗性に関して、両者に大きな違いがあること、さらに、Kras阻害剤の使用は免疫チェックポイント治療と組み合わせることにより、治療効率が有意に上がることを見出しました。これらの結果は、NSCLCの分子標的治療薬を用いた医療の推進に貢献するものであり、Science Translational Medicine誌に掲載されましたので、今回は、この論文(文献1)を報告いたします。KrasはNSCLCだけでなく、膵臓がんや大腸がんにおいても、最も頻繁に変異した遺伝子であり、がんのメカニズムや治療において、がん種を問わず、一般性のある知見である可能性があります。


文献1.
Hai-Cheng Huang et al. Kras G12C- and G12D-driven lung cancers differ in oncogenic potency, immunogenicity, and relapse after Kras inhibition in mouse models, Sci Transl Med 2026 Feb 4;18(835): eadq6647.


【背景・目的】

NSCLCは、多くの場合、Kras遺伝子にG12C変異、または、G12D変異を伴うことが知られているが、それぞれの変異による生物活性の差に関して十分に明らかにされていない。したがって、本研究では、G12CおよびG12D変異を有するNSCLCの腫瘍生物学的特性を比較解析することを研究目的にした。

【方法】

この目的のため、NSCLCの患者さんの手術による摘出標本とGEMMとを用いた包括的なNSCLCの解析を実施した。特に患者さんのサンプルにおけるG12D変異の攻撃的な臨床的特徴に着目し、GEMMを用いた研究では、各変異に特異的なKras阻害薬の効果と、免疫チェックポイント阻害薬との併用療法の長期間の有効性を評価した。

【結果】

  • 解析の結果、KrasG12C変異を持つNSCLCは患者さんとGEMMの両方において、G12D変異と比較して発症が遅く進行も緩徐であることが確認された。G12C腫瘍は増殖能が低く、免疫細胞の関与が増加しており(組織に浸潤するキラー細胞やPD-L1の発現など)、この所見は患者さん由来の腫瘍での観察結果と一致していた。
  • Kras G12C/D阻害薬は、GEMMにおけるそれぞれの自家肺腫瘍の増殖を効果的に抑制した。しかしながら、G12D変異腫瘍はG12C変異腫瘍よりも急速に再発し、より高い内在性攻撃性を反映していた。
  • 興味深いことに、Kras G12D阻害は腫瘍抗原提示を増強し、T細胞を活性化し、抗原特異的細胞傷害性を可能にすることで、免疫チェックポイント阻害薬との併用で有効性を示した。
  • Kras G12D阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用療法は、免疫原性モデルでは持続的な免疫記憶を誘導した。

【結論】

これらの結果は、KrasG12DとG12C変異が肺がんの生物学的特性を形成する上で重要な違いがあることが明らかになった。さらに、Kras G12D阻害に特異的な免疫介在性機序が解明され、Kras G12D阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用療法の有効性が示唆された。以上より、本研究は、Kras変異特異的な治療戦略の開発と、個別化医療の推進に向けた重要な基盤を提供する可能性がある。

用語の解説

*1.非小細胞肺がん(Non Small Cell Lung Cancer: NSCLC)
肺がんにはいくつか種類があり、それを組織型という。肺がんの治療法は、組織型が小細胞がんの場合とそれ以外の場合とで大きく異なる。このため、肺がんを小細胞肺がんとNSCLCに分けて扱う。NSCLCには、扁平上皮がんと非扁平上皮がんがあり、非扁平上皮がんに含まれる腺がんは肺がんの中で最も多い組織型である。なお、腺がんは肺腺がんと呼ばれることもある。
*2.分子標的治療薬(Molecular-targeting therapeutic agent)
正常な体と病気の体の違いあるいは癌細胞と正常細胞の違いをゲノムレベル・分子レベルで解明し、がんの増殖や転移に必要な分子を特異的に抑えたり関節リウマチなどの炎症性疾患で炎症に関わる分子を特異的に抑えたりすることで治療するのが分子標的治療である。従来の多くの薬剤もその作用機序を探ると何らかの標的分子を持つが、分子標的治療は創薬や治療法設計の段階から分子レベルの標的を定めている点で異なる。分子標的治療に使用する医薬品を分子標的治療薬と呼ぶ。分子標的治療薬には低分子薬(低分子医薬品…主に低分子化合物)、抗体薬(抗体医薬品…主にモノクローナル抗体)の2つがある。
*3.遺伝子改変マウスモデル(Genetically engineered mouse model; GEMM)
GEMMとは、人工的な操作によって外来遺伝子を導入したり、内在遺伝子に変異を導入したりしたマウスを指す。これにより、特定の遺伝子の機能を失わせたり、特定の変異を導入したりすることが可能である。
*4.Kras阻害剤
G12C変異に対してはMRTX849 (Adagrasib)、G12D変異に対してはMRTX1133が使われた。MRTX849は既にFDAに認可されている。
*5.LSLシステム(LoxP-Stop-LoxP:LSL)
LSLは、特定の状況下でのみ目的の遺伝子を発現させるための条件的な遺伝子発現システムである。LSLシステムは、主に以下の要素とステップで構成されている。
  • LoxP配列: DNAの特定の部分を切断・再結合する酵素であるCreレコンビナーゼが認識する目印となる配列。
  • Stopカセット: 遺伝子の翻訳を停止させる配列である。
  • 挟み込み: 2つのLoxP配列がこのStopカセットを挟み込んでいる
  • プロモーター: 遺伝子の転写開始を制御するDNA領域である。目的遺伝子の上流に位置する。
  • 目的遺伝子: 発現させたい遺伝子です。Stopカセットの下流に配置される。
通常、LSLカセットが存在すると、プロモーターからの遺伝子の転写はLoxP-Stop-LoxPカセットによって完全に阻害され、目的遺伝子は発現しないが、細胞内にCreレコンビナーゼが導入され、Creレコンビナーゼは、LSLカセットを挟み込む2つのLoxP配列を認識し、Stopカセットを除去すると、阻害が解除され、プロモーターが目的遺伝子の転写を開始し、その結果、目的遺伝子が発現する。

文献1
Hai-Cheng Huang et al. Kras G12C- and G12D-driven lung cancers differ in oncogenic potency, immunogenicity, and relapse after Kras inhibition in mouse models, Sci Transl Med 2026 Feb 4;18(835): eadq6647.