
近年、肺がん、大腸がん、乳がんなど、特定のがんの診療において、手術後の治療や再発のスクリーニングなど、必要に応じて、がんの発症・進行に関連した遺伝子の検査が行われるようになりました。少数の遺伝子を調べて変異の有無を診断し、その結果をもとに遺伝子変異のある遺伝子産物を標的とする分子標的治療薬を選びます。NSCLCの場合、新しい分子標的治療薬が続々と承認され、2023年10月の時点で、対応する分子標的治療薬がある遺伝子変異の数は9種類となっています(図1)。中でも、多くの場合、Kras遺伝子に発がん性の突然変異が認められます。発がんに関わる最も多い変異は12番目のグリシンが他のアミノ酸に変化する変異で、システィン(G12C変異)、アスパラギン酸(G12D変異)は中でも頻度が高く、両者の生物活性に大きな違いがあると考えられていますが、これまで、厳密に比較解析されたことはありませんでした。この様な状況で、米国のテキサス・サウスウェスタン医科大学のHai-Cheng Huang博士らは、NSCLC におけるG12C変異とG12D変異をLSLシステム*5 を用いて作成した遺伝子改変マウスモデル、及び、患者さんの検体を用いた研究で比べた結果、腫瘍の生物学的特性と治療抵抗性に関して、両者に大きな違いがあること、さらに、Kras阻害剤の使用は免疫チェックポイント治療と組み合わせることにより、治療効率が有意に上がることを見出しました。これらの結果は、NSCLCの分子標的治療薬を用いた医療の推進に貢献するものであり、Science Translational Medicine誌に掲載されましたので、今回は、この論文(文献1)を報告いたします。KrasはNSCLCだけでなく、膵臓がんや大腸がんにおいても、最も頻繁に変異した遺伝子であり、がんのメカニズムや治療において、がん種を問わず、一般性のある知見である可能性があります。
文献1.
Hai-Cheng Huang et al. Kras G12C- and G12D-driven lung cancers differ in oncogenic potency, immunogenicity, and relapse after Kras inhibition in mouse models, Sci Transl Med 2026 Feb 4;18(835): eadq6647.
NSCLCは、多くの場合、Kras遺伝子にG12C変異、または、G12D変異を伴うことが知られているが、それぞれの変異による生物活性の差に関して十分に明らかにされていない。したがって、本研究では、G12CおよびG12D変異を有するNSCLCの腫瘍生物学的特性を比較解析することを研究目的にした。
この目的のため、NSCLCの患者さんの手術による摘出標本とGEMMとを用いた包括的なNSCLCの解析を実施した。特に患者さんのサンプルにおけるG12D変異の攻撃的な臨床的特徴に着目し、GEMMを用いた研究では、各変異に特異的なKras阻害薬の効果と、免疫チェックポイント阻害薬との併用療法の長期間の有効性を評価した。
これらの結果は、KrasG12DとG12C変異が肺がんの生物学的特性を形成する上で重要な違いがあることが明らかになった。さらに、Kras G12D阻害に特異的な免疫介在性機序が解明され、Kras G12D阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用療法の有効性が示唆された。以上より、本研究は、Kras変異特異的な治療戦略の開発と、個別化医療の推進に向けた重要な基盤を提供する可能性がある。