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2026/2/27

糖尿病の再生医療における概日リズムの重要性

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 膵臓β-細胞からのインスリン分泌が、概日リズム(サーカディアンリズム)*1に影響されることはよく知られている。しかしながら、糖尿病の幹細胞*2移植治療において、移植された幹細胞由来のβ-細胞(SCβ-細胞)に対する宿主の概日リズムの影響については不明である。
  • 本プロジェクトでは、ES細胞(胚性幹細胞)*3から調製したSCβ-細胞をマウスに移植した場合、SCβ-細胞のインスリン分泌は、宿主の概日リズムを示し、宿主の概日リズムの乱れがSCβ-細胞の機能を低下させることが示された。
  • これらの結果は、糖尿病の幹細胞移植治療における概日リズムの重要性を示唆している。
図1.

膵臓β-細胞のインスリン分泌が概日リズムの影響を受けるのはよく知られていますが、このことは、糖尿病の再生医療においても重要です。すなわち、ウイルスや自己免疫反応によるβ-細胞の破壊により引き起こされるI型糖尿病だけでなく、生活習慣病などが原因でβ-細胞の機能が低下したII型糖尿病においても幹細胞由来のβ-細胞(SCβ-細胞)を移植することにより、インスリン分泌を回復させることが可能になると考えられるからです(図1)。このようなSCβ-細胞による糖尿病の治療を推進するためには、SCβ細胞の移植および機能に影響を与える因子の動態に関して厳密に理解する必要があります。特に、概日リズムは注目されていますが、これまで、宿主の概日リズムが移植したSCβ-細胞のインスリン分泌にどのような影響を与えるか、ほとんど研究されていませんでした。この様な状況で、米国メイヨー・クリニックのSen, Satish K博士らは、ES細胞由来のSCβ-細胞をマウスに移植する実験系において、移植されたSCβ-細胞のインスリン分泌は宿主の概日リズムを示し、宿主の概日リズムの乱れがSCβ-細胞の機能を低下させることなどを観察しました。これらの結果は、糖尿病においても、幹細胞移植治療における概日リズムの重要性を証明するものであり、最近のStem Cell Reports誌に掲載されましたので、今回は、この論文(文献1)を報告いたします。本研究では、ES細胞からSCβ-細胞を調製していますが、将来的にはiPS細胞(人工多能性幹細胞)*4からSCβ-細胞を調製することにより、移植に伴う拒絶反応を最小限にして、個別化医療に発展する可能性があります。


文献1.
Circadian regulation of insulin secretion in transplanted human stem cell-derived pancreatic β-cells, Sen, Satish K. et al. Stem Cell Reports Volume 20, Issue 11, 102691


【背景・目的】

SCβ-細胞の移植は、糖尿病治療の可能性を有するが、宿主の概日系がどのようにしてSCβ-細胞の移植や機能に影響を与えるかについては、報告されていない。したがって、本研究では、これを明らかにすることを研究目的にした。

【方法】

この目的のため、ヒトES細胞から調製したSCβ-細胞を重篤な複合免疫不全(SCID)-ベージュマウス*5の腎皮膜下へ移植した。

【結果】

  • SCβ-細胞は、宿主の活動的な概日期に最適化されたグルコース刺激インスリン分泌において概日リズムを示した。
  • さらに、宿主の概日リズムを乱す(明暗12hサイクル→暗24h)ことで、体内調節や移植されたSCβ細胞のインスリン分泌が低下した。

【結論】

これらの観察結果は、宿主の概日系がSCβ細胞のインスリン分泌の概日制御を最適化することを示唆している。

用語の解説

*1.概日リズム(サーカディアンリズム、Circadian rhythm)
概日リズムは約24時間周期で変動する生理現象で、動物、植物、菌類、藻類などほとんどの生物に存在している。一般的に体内時計とも言う。厳密な意味では、概日リズムは内在的に形成されるものであるが、光や温度、食事など外界からの刺激によって修正される。動物では24時間の明暗の周期に従っており、完全な暗闇の中に置かれた場合には、24時間に同調しない周期となる。これをフリーランと呼ぶ。こうした非同調した周期は明暗などの刺激によりリセットされる。概日リズムは全身の個々の細胞に存在しているが、哺乳類では脳の視交叉上核が中核となり、全身の体内時計が統合されている。不規則な周期におかれることによる概日リズムの乱れは、不快感のある時差ボケを単純に起こし、概日リズム睡眠障害となる場合がある。
*2.幹細胞(Stem cell)
幹細胞は、分裂して自分と同じ細胞を作る自己複製能と、別の種類の細胞に分化する能力を持ち、際限なく増殖できる細胞と定義されている。発生における細胞系譜の幹 (Stem) になることから名付けられた。幹細胞から生じた二つの娘細胞のうち、少なくとも一方が同じ幹細胞でありつづけることによって分化細胞を供給することができる。この点で分化した細胞と異なっており、発生の過程や組織・器官の維持において細胞を供給する役割を担っている。
*3.ES細胞(胚性幹細胞:Embryonic Stem Cell)
ヒトやマウスの初期胚(胚盤胞)から将来胎児になる細胞集団(内部細胞塊)の細胞を取り出し、あらゆる細胞に分化できる能力(多能性)をもったままシャーレの中で培養し続けることができるようにしたものをES細胞(胚性幹細胞)という。
*4.iPS細胞(人工多能性幹細胞:Induced Pluripotent Stem cells)
iPS細胞は、体細胞へ4種類の遺伝子を導入することにより、ES細胞(胚性幹細胞)のように非常に多くの細胞に分化できる分化万能性 (Pluripotency)と、分裂増殖を経てもそれを維持できる自己複製能を持たせた細胞のこと。2006年、山中伸弥博士率いる京都大学の研究グループによってマウスの線維芽細胞から初めて作られた。
*5.重篤な複合免疫不全-ベージュマウス(SCID-Beige mouse)
このマウスはGuelph 大学のCroy氏らによりC.B-17 scid/scidにC57BL/6 bg/bgマウスを異系交配し開発された。1993年にCharles River Laboratories Inc(米国)に導入後、2013年に日本チャールス・リバー(現在のジャクソン・ラボラトリー・ジャパン)へ導入された。常染色体劣性突然変異である、SCID(Prkdcscid)とbeige(Lystbg-J)の両遺伝子を持つコンジェニックマウス*6である。SCID突然変異はB,T両リンパ球が影響する重度重複免疫不全を発症する。beige遺伝子は、NK細胞不全を発症する。
重症複合免疫不全症は、原発性免疫不全症の一種で、抗体(免疫グロブリン)の量が少なくなり、T細胞(Tリンパ球)が少なくなったり完全になくなったりします。
*6.コンジェニックマウス
コンジェニックマウスとは、特定の遺伝子領域のみが異なるように作製された実験用マウス系統である。これは、ドナー系統の特定の遺伝子領域を、レシピエント系統の遺伝的背景に繰り返し戻し交配することで作られる。コンジェニックマウスは、戻し交配と選抜を繰り返すことで作製される。ドナー系統の特定の遺伝子領域を残しつつ、それ以外の遺伝的背景はレシピエント系統と同一になるようにする。

文献1
Circadian regulation of insulin secretion in transplanted human stem cell-derived pancreatic β-cells, Sen, Satish K. et al. Stem Cell Reports Volume 20, Issue 11, 102691