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2026/3/19

オートファジー調節因子EPG5の遺伝子変異は発達障害および神経変性疾患を引き起こす

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 発達障害の多くは、認知症などの神経変性疾患を発症するリスクが高くなることが知られているが、メカニズムの詳細は不明である。
  • 本プロジェクトでは、オートファジー*1機能不全などによる蛋白凝集異常が発達障害と神経変性疾患の2つの病態をリンクするのではないかと仮定した。
  • この仮説をEPG5遺伝子変異*2によるオートファジー病であるビシ(Vici)症候群*2のコホート解析を通して検討した。
  • ビシ症候群の患者さんは、さまざまな種類・程度の神経発達障害を呈し、神経変性に関しては、思春期のパーキンソン病や認知機能低下を伴うジストニア*3、脳の鉄蓄積障害などの症状が、年齢依存的に認められた。
  • これらの結果より、病原性EPG5変異による不完全オートファジーは、神経発達障害と神経変性疾患を結びつける生涯にわたる神経疾患の連続体(スペクトラム)を形成すると考えられる。
図1.

自閉スペクトラム症(ASD)*4などの発達障害は、認知症などの神経変性疾患を発症するリスクが高くなることが知られています。したがって、蛋白凝集異常に関連したメカニズムが根底にある可能性があります。オートファジーは、細胞内蛋白分解に中心的な役割を担っていますので、オートファジー機能不全が発達障害と神経変性疾患の病態をリンクするかどうか明らかにするのは重要です。ビシ症候群は、EPG5遺伝子の劣性変異によって不完全オートファジーの機能不全をきたし、多彩な症状を引き起こす稀な発達障害ですが、神経変性との関係は十分に認識されていません(図1)。ドイツ・ケルン大学のHormos Salimi Dafsari 博士らは、ビシ症候群と神経変性の関係の有無を調べるため、世界中の共同研究者と協力して、これまでに特定されたEPG5関連患者群の中で最大規模のコホート研究(n=211)を行い、臨床的、放射線学的および分子的特徴を調査し、さらに、EPG5欠損の細胞・動物モデルに関する実験的研究も併せて行いました。その結果、ビシ症候群の患者さんは、EPG5欠損によりさまざまな表現的スペクトルの神経発達障害を呈し、思春期のパーキンソン病や認知機能低下を伴うジストニア、脳の鉄蓄積障害など年齢依存の神経変性症状が認められた。すなわち、病原性EPG5変異と関連する不完全オートファジーを通じて神経発達障害と神経変性疾患を結びつける生涯にわたる神経疾患の連続体の形成を示唆していた。本研究結果が、どの程度、その他多くの発達障害と神経変性疾患の共存関係(合併)に対して一般性のあるメカニズムになり得るかどうか結論するには、さらなる研究が必要ですが、おそらく、何らかの形で蛋白凝集が関与する可能性がありそうです。これらの結果は、Ann Neurol.誌に掲載されましたので、今回は、この論文(文献1)を報告いたします。


文献1.
Mutations in the Key Autophagy Tethering Factor EPG5 Link Neurodevelopmental and Neurodegenerative Disorders Including Early-Onset Parkinsonism., Hormos Salimi Dafsari et al. Ann Neurol 2025 Oct 6;98(5):932–950.


【背景・目的】

オートファジーは、細胞内恒常性において重要な役割を果たす基本的な生物学的経路である。オートファジー遺伝子EPG5における反復性の低減変異は、多系統の広範な関与を伴う重篤な早期発症神経発達障害であるビシ症候群と関連している。本研究では、年齢に応じた長期のEPG5関連疾患スペクトラムとして、神経変性が含まれるかどうか調べることを目的にした。

【方法】

この目的のため、これまでに特定されたEPG5関連患者群の臨床的、放射線学的、分子的特徴を調査し、さらに、EPG5欠損の細胞モデル(ビシ症候群患者さん由来の線維芽細胞)および動物モデル(反復性EPG5ミスセンス変異体の新しいEPG5ノックインマウス*5モデル、線虫)に関する実験的研究も行なった。

【結果】

  • 世界中での共同研究を通じて、211人のビシ症候群の患者さん(うち97人は未発表)を特定した。表現的スペクトルは、前駆体的な神経発達障害から、より軽度の孤立したケースまでさまざまであった。
  • 反復性EPG5ミッセンス変異体のノックインマウスモデルでは、軽度の発現において神経疾患に特に関連する脳領域において、運動障害やオートファジーの欠陥が特徴であった。
  • コホートにおける新しい加齢依存性神経変性症状には、思春期のパーキンソン病と認知機能低下を伴うジストニア、およびミオクロヌスが含まれていた。放射線学的特徴は、脳の鉄蓄積障害を伴う新興の連続体を示唆していた。
  • 患者さんの線維芽細胞は、PINK1-Parkin依存性のミトパジック除去およびα-シヌクラインの過剰発現に欠陥を示し、神経変性表現型を示していた。
  • C. elegans(線虫)を用いた運動アッセイでは、EPG5のノックダウンは運動障害、ミトパジック除去の誤り、ミトコンドリア呼吸の変化を引き起こし、C. elegansにおけるパーキンソニズム関連遺伝子のノックダウンと同等の観察結果を引き起こした。

【結論】

以上の知見は、病原性EPG5変異と関連する生涯にわたる神経疾患の連続体(スペクトラム)を示しており、不完全オートファジーを通じて神経発達障害と神経変性疾患を結びつけていると考えられた。

用語の解説

*1.オートファジー(Autophag)
オートファジーとは、細胞が持っている、細胞内のタンパク質を分解するための仕組みの一つである。酵母からヒトに至るまでの真核生物に見られる機構であり、細胞内での異常なタンパク質の蓄積を防ぎ、過剰にタンパク質合成したときや栄養環境が悪化したときにタンパク質のリサイクルを行い、細胞質内に侵入した病原微生物を排除したりすることで生体の恒常性維持に関与している。このほか、個体発生の過程でのプログラム細胞死や、ハンチントン病などの疾患の発生、細胞のがん化抑制にも関与することが知られている。一般的な形態であるマクロオートファジーは、二重膜構造、オートファゴソーム、および消化とリサイクルのためにリソソームに送達される細胞内標的の包み込みを特徴としています。オートファジーは、ミトコンドリア(「ミトファジー」と呼ばれるプロセス)などの、より大きなタンパク質複合体や細胞内オルガネラを特異的に処理できる。オートファジーは、ヒトのさまざまな疾患に特に関与していると示唆されているが、ヒトにおける単遺伝子の一次オートファジーの欠陥は、比較的最近になってようやく認識されている。
*2.EPG5(Ectopic P-granules autophagy protein5)遺伝子変異、ビシ症候群(Vici syndrome)
ビシ症候群は、EPG5(Ectopic P-granules autophagy protein 5)遺伝子(18q12.3)の劣性変異によってオートファジー機能不全となる結果、多彩な症状が引き起こされる稀な疾患です。ビシ症候群は、乳児期に診断されることが多く、多様な症状;発育不良、眼の異常: 白内障、心筋症、感染症、ミオパチー、顔面形態異常: 口蓋裂、口唇裂、小顎症など、が現れる。 Vici 症候群は、重要なオートファジー調節因子であるEPG5をコードしているEPG5遺伝子の変異に起因する。このオートファジー経路は、緊密に調整されている複数の段階から構成され、隔離膜の形成に始まり、それがオートファゴソームとなり、オートファゴソームはリソソームと融合して分解プロセスの最終構造物であるオートリソソームとなる。オートリソソームの形成はEPG5の欠損により特異的に阻害される。
*3.ジストニア(Dystonia)
ジストニアは、中枢神経系の障害による不随意で持続的な筋収縮にかかわる運動障害と姿勢異常の総称。脳の大脳基底核、視床、小脳、大脳皮質などの活動が過剰になる異常が原因とされる運動異常症の症候名である。20世紀の一時期は精神疾患として誤った認識がされていた。日本神経学会の用語では「ジストニー」と表記される。2016年現在、日本では特定疾患には認定されていないが、遺伝性ジストニアが難病法に基づく指定難病で、医療費助成対象となる場合がある。
*4.自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD)
ASDとは、『精神障害の診断と統計マニュアル』第5版(DSM-5)において神経発達症群に分類される診断名の一つ。従来自閉性障害(自閉症)と定義されていた典型的な状態だけに限定せず、軽い状態も重い状態も含む連続体としてとらえる診断名で、コミュニケーションや言葉の使い方に関する症状があり、常同行動を示すといった様々な状態を含む。
*5.ノックインマウス
ノックインマウスは、特定の遺伝子配列をマウスゲノムの特定位置に挿入することができる遺伝子改変マウスである。狙った位置に発現させたい遺伝子を挿入し機能させるよう設計することが可能である。ノックイン技術は、遺伝子の発現を制御する要素を含めることも可能で、遺伝子の活動を比較的自然な状態で研究したい場合にも有効である。このプロセスにより、遺伝子の働きを体系的に理解し、その成果を直接的に疾病モデルに適用できるようになる。

文献1
Mutations in the Key Autophagy Tethering Factor EPG5 Link Neurodevelopmental and Neurodegenerative Disorders Including Early-Onset Parkinsonism., Hormos Salimi Dafsari et al. Ann Neurol 2025 Oct 6;98(5):932–950.