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2026/3/24

老化除去薬併用(ダサチニブ+ケルセチン)によるマウス糖尿病性腎症の治療

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • セノリティクス*1による加齢疾患の治療研究において、ダサチニブ(Dasatinib)とケルセチン(Quercetin)の併用療法による治療効果の増強は、肺線維症、II型糖尿病性骨粗鬆症などに関連して報告されて来たが、糖尿病性腎症(DKD)*2については不明である。
  • 本プロジェクトでは、ダサチニブとケルセチンの併用 (D+Q)によるDKD治療効果を検討した結果、DKDのマウス-、細胞モデルのいずれにおいてもダサチニブとケルセチンの併用 (D+Q)効果を観察した。
  • これらの結果より、ヒトのDKDにおいてもダサチニブとケルセチン併用 (D+Q)の有効性が考えられ、トランスレーションリサーチの発展が期待される。
図1.

近年、老年医学・加齢医学(Geroscience)の領域では、認知症、糖尿病や動脈硬化といった生活習慣病、慢性腎臓病など加齢関連疾患において、セノリティクスと呼ばれる新しい治療の可能性が注目されています。セノリティクスは、老化細胞除去薬(セノリティック薬)により、「老化細胞*3」を標的とし、SASP*4を抑制したり、細胞死を誘発して老化細胞そのものを破壊・除去したりするアプローチで、老化細胞の30〜70%を選択的に排除する薬剤です。昨年、取り扱いましたように、セノリティクスの中でも、特に治療有効性が高いと考えられているのが、ダサチニブとケルセチンの併用療法です(老化細胞除去による認知・運動機能の改善に関するパイロット研究〈2025/4/10掲載〉)。ダサチニブは、いわゆる抗がん剤のひとつで、チロシンキナーゼ阻害剤(Tyrosine kinase inhibitor: TKI)と呼ばれる特定のターゲットに働く分子標的薬です。ケルセチンは、植物フラボノイド*5として広く認知されており、その抗酸化・抗炎症作用により、ダサチニブとの併用 (D+Q)で補完的セノリティック作用が示唆されています。これまで、ダサチニブとケルセチンの併用 (D+Q)による治療効果の増強は、特発性肺線維症、II型糖尿病性骨粗鬆症などのマウスモデルにおいて報告されて来ましたが、糖尿病性腎障害(DKD)に対する効果は検討されていませんでした(図1)。今回、米国・メイヨー・クリニックのXiaohui Bian博士らは、DKDのマウスモデル及び細胞モデルにおいて、ダサチニブとケルセチンの併用効果を観察しました。これらの結果は、eBioMedicine誌に掲載されましたので、今回は、この論文(文献1)を報告いたします。現時点においては、DKDの治療は、人工透析に頼らざるを得ない状況である事を考慮すれば、ですが、本論文のような前臨床段階の結果が、将来的には、ヒトの臨床に応用できることが期待されます。


文献1.
Senolytics, dasatanib plus quercetin, reduce kidney inflammation, senescent cell abundance, and injury while restoring geroprotective factors in murine diabetic kidney disease
Xiaohui Bian et al. eBioMedicine 2026;124: 106124


【背景・目的】

細胞老化は、DKDの病態形成に寄与し、重要な治療標的となる。本研究では、DKOのセノリティック治療において、ダサチニブとケルセチンの併用療法 (D+Q)を確立することを最終的な目標にし、まず、マウスモデル、細胞の系において検討した。

【方法】

  • 糖尿病は、C57BL/6Jの雄マウスにおいてストレプトコッカス(連鎖球菌)を用いて誘導され、その後、D+Q(それぞれ5mg/kg)の5日間にわたる経口投与療法を行った。腎機能および損傷、線維化、炎症、細胞老化などのマーカーを測定した。
  • インビトロ研究では、高グルコース処理されたヒト腎管上皮細胞(HK2)、内皮細胞(HUVECs)、およびU937由来のマクロファージにおいてD+Qの修復効果を検討した。

【結果】

  • マウスでは、D+Qは、グルコースレベルを変化させることなく、腎機能の改善と腎障害(糸状および管状性障害)、線維化、老化(p16 Ink4a)、マクロファージおよび老化関連炎症(対照糖尿病コントロール)のマーカーの減少を改善。
  • さらに、抗老化因子(Sirtuin-1, α-Klotho)が増加した。
  • インビトロ研究では、D+Q治療は、HK2、HUVEC、およびマクロファージにおける高グルコース誘発性老化および炎症(NF-κB)を低下させた。

【結論】

  • D+Qを用いた「直撃型」のセノリスティック治療は、炎症性環境の調節、老化細胞の分泌量の低減、および抗老化因子の回復によって腎機能を改善し、マウスのDKDを緩和した。
  • マウスの腎臓における有益な効果とヒトにおける過去の全身性効果を総合的に捉えることで、DKD患者における健康寿命の改善を目的して、D+Qを用いた治療の確立が期待される。

用語の解説

*1.セノリティクス(Senolytics)
「セノリティクス=Senolytics」は、「老化=Senescence」と「対抗=Lytics」を合わせた言葉で、まさに、「老化防止」を意味する。セノリティック(Senolytic)薬とは “老化細胞だけ”を狙って除去する新しいタイプの薬である。(老化細胞除去による認知・運動機能の改善に関するパイロット研究〈2025/4/10掲載〉)を参照。
*2.糖尿病性腎症(Diabetic kidney disease: DKD)
糖尿病腎症とは、糖尿病の合併症の一つで、上昇した血糖値が腎臓の機能を低下させる病気である。腎臓には約100万個の糸球体(老廃物をろ過する毛細血管の束)があり、私たちはその働きによって体内の老廃物を排泄している。しかし、糖尿病のために血糖値が高い状態が続くと、糸球体のはたらきが低下する。すると、本来は老廃物のみをろ過するはずの糸球体が、身体にとって必要なタンパク質などもろ過してしまい、尿にタンパクが出るようになる。また、病状が進行すると、糸球体がつぶれてろ過が行なわれなくなり、身体に老廃物や水分がたまってしまい、病状がさらに悪化すると、腎不全や尿毒症に陥る。
*3.老化細胞(Senescent Cells)
老化細胞とは、「細胞周期を永久に停止したが、死なずに体内にとどまっている細胞」である。これは細胞老化(cellular senescence)と呼ばれる現象である。別名「ゾンビ細胞」とも呼ばれる。老化細胞が生じる原因として、以下のような可能性がある。
  • DNA損傷(放射線、酸化ストレスなど)
  • テロメア短縮(分裂回数により染色体末端が摩耗)
  • がん抑制遺伝子p53やp16の活性化
  • がん化を防ぐ防御反応として老化状態に入る。
*4.SASP(Senescence-Associated Secretory Phenotype: 老化関連分泌現象)
SASPは、細胞が老化状態に陥った際に、炎症性サイトカイン、ケモカイン、増殖因子、プロテアーゼなど、様々な生理活性物質を細胞外に分泌する現象を指す。これらの分泌因子は「SASP因子」と呼ばれる。SASP因子は、周囲の細胞に影響を与え、細胞老化を促進したり、増殖を促したり、免疫細胞を呼び寄せたりする働きがある。生体への影響として、有益な作用: 組織の損傷治癒や、がん抑制機構として機能することがあります。有害な作用: 長期にわたるSASPは、慢性炎症やがんの促進、様々な加齢性疾患の発症に関与すると考えられている。SASPの誘導にはDNA損傷応答が重要な役割を果たしており、その制御は恒常性の維持や疾患の予防に重要である。SASPは、がんや加齢性疾患、不妊治療など、幅広い生命科学分野で研究が進められている。
*5.フラボノイド
フラボノイドとは ポリフェノールの一種で天然に存在する有機化合物群の植物色素の総称である。フラボノイドは、植物の葉、茎、幹などに含まれており、その種類は4,000以上ある。最近では、フラボノイドは人の体の特定の生理調節機能に働きかけるので、機能性成分として注目されている。

文献1
Senolytics, dasatanib plus quercetin, reduce kidney inflammation, senescent cell abundance, and injury while restoring geroprotective factors in murine diabetic kidney disease
Xiaohui Bian et al. eBioMedicine 2026;124: 106124