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2026/4/21

乳がん・化学療法後のフレイルに対するフィセチンの改善作用

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 乳がんの外科手術の前後にアジュバント・ネオアジュバント療法*1として、化学療法、放射線療法などを行なうと、閉経後の患者さんの多くは、これらの治療の後に持続的なフレイル*2状態になり、これに対する治療法はない。
  • 最近の前臨床的研究により、化学療法(放射線療法)による細胞老化の誘導が原因となることが示唆されている。したがって、老化細胞をセノリティクス薬で標的にすることで身体機能を改善できるかも知れない。
  • この論文は、乳がん・化学療法後のフレイルに対する経口セノリチス剤フィセチン*3の改善作用を評価するための第2相臨床治験のデザインである。もし、成功すれば、フィセチンの有効性を評価するための、より大規模の第3相臨床試験の施行を裏付けるために必要な予備的証拠を提供することになる。
図1.

セノリティクス薬は健康寿命の延長だけでなく、糖尿病、神経変性疾患、心血管障害などの治療、さらに、老化に関連する多くの問題に有効であると考えられます。その一つが、がんのアジュバント・ネオアジュバント療法に伴うフレイルに対するセノリティクス治療の可能性です。近年、治療の進歩により、がんの生存率は著しく向上しましたが、その一方で新たな問題が生じてきました。乳がんなど多くのがんの治療では外科手術施行の前後に化学療法、放射線療法などのアジュバント・ネオアジュバント療法を行なうのが一般的な標準治療になっていますが、その結果、高齢の患者さんでは、身体機能が持続的に低下して改善しにくい状態、所謂、フレイルに陥ることが明らかになりました。現時点で、これに対する適切な治療法はないので、早急に対処しなければいけません。この問題に関しての一つの手掛かりは、老化細胞の役割です。実験動物を使った前臨床研究では、化学療法が老化を誘導し、老化細胞をセノリティクスで標的にすることで炎症を軽減し、身体機能を改善できることが示されていますので、これらの結果をヒトで評価することが望まれます。このような状況で、米国・カリフォルニア大学ロスアンゼルス校のJingran Ji博士らは、セノリティクス作用を持つフラボノイド化合物であるフィセチンが、乳がんアジュバント療法後のフレイルを改善する作用があるか評価する第2相臨床試験を計画しました(ClinicalTrials. NCT05595499)。もし、有望な結果が得られれば、より大規模の第3相臨床試験でフィセチンの有効性を評価することになります。そして、近い将来、フィセチンは、がん患者さんにおける化学療法に関連した身体機能の低下を予防または治療するための新規薬理療法として、重要な未達成の臨床的ニーズを満たす可能性があります。今回は、Therapeutic Advances in Medical Oncology誌に掲載された論文(文献1)を報告いたします。デザインだけで論文化されることからも、注目度が高い問題であることが伺われ、今後、治療研究が発展して行くことが期待されます。


文献1.
A phase II randomized placebo-controlled study of fisetin to improve physical function in breast cancer survivors: the TROFFi study rationale and trial design
Jingran Ji et al. Ther Adv Med Oncol. 11 March 2026, 18:17588359261424668


【背景】

アジュバント/ネオアジュバント化学療法で治療された閉経後乳がんの患者さんは、治療後に持続的な機能低下を経験することが多いが、それに対する治療法はない。最近の研究は、このメカニズムの一つは、加齢の根本的な過程である細胞老化と示唆している。実際、これまでに、実験動物を用いた前臨床研究では、化学療法は老化を誘導し、老化細胞をセノリティクスで標的にすることで炎症を軽減し、身体機能を改善できることが示されている。しかしながら、これらの結果をヒトで評価した研究はない。

【目的】

経口セノリチス剤フィセチンの安全性は以前に示されている。本プロジェクトは、化学療法を受けた閉経後乳がん患者さんにおいて、フィセチンによる老化標的の有効性を評価するための第2相臨床治験を行うことを研究目的とした。

【方法】

  • デザイン: 多施設、第II相、無作為化、二重盲検、プラセボ対照試験。
  • 参加者は、早期・高リスクの乳がんを患う88人の閉経後女性で、過去12か月以内に新生/若年性がんを発症し、身体機能が低下している。運動距離は徒歩6分(6MWD) *4 、400m未満と定義されている。
  • 14日周期の1~3日目に4サイクルでプラセボまたはフィセチン(20mg/kg)のいずれかを投与される。主要評価項目は、6MWDがベースラインから治療終了までの変化である。
  • 倫理: この研究は、参加サイトの機関審査委員会によって承認されている。

【議論】

  • この研究は、化学療法で治療された閉経後の乳がん患者さんにおける身体機能の低下を、経口セノリスティック剤であるフィセチンで老化を標的にすることが可能かどうかを検証する最初の研究の一つである。
  • 有望な結果は、フィセチンの有効性を評価する、より大規模で検証可能な臨床試験を裏付けるために必要な予備的証拠を提供する。
  • このアプローチは、閉経後の乳がん患者さんにおける化学療法に関連した身体機能の低下を予防または治療するための薬理療法が現時点で存在しないことを考慮すれば、重要な未達成の臨床的ニーズを満たす可能性がある。

用語の解説

*1.アジュバント/ネオアジュバント療法
手術の補助療法のことで、化学療法やホルモン療法を用いる。根治手術する前後に再発するのを予防する目的で行う。ただし、アジュバント療法という場合には術後治療を指すことが多い。
また、手術する前に病巣を小さくして温存手術を行い、心配される全身転移を根絶させて治療成績を向上させる目的で行う治療のことをネオアジュバント療法という。ネオアジュバント療法としては主として即効性のある化学療法が行われる。最近は、抗がん剤が進歩し、手術前の治療でがんが触れなくなり、病理学的にがん細胞が消失していることがあることから、手術の補助剤ではなくなってきたとする考え方が浸透しつつあり、手術前の薬物療法をPST(Primary systemic treatment;一次全身療法)と呼ぶことも提唱されている。また、最近は手術前の治療として、ホルモン依存性の人にはホルモン療法を行うこともある。
*2.フレイル
フレイルとは、加齢や疾患によって身体的・精神的なさまざまな機能が徐々に衰え、心身のストレスに脆弱になった状態のことである。特に高齢者は、糖尿病や高血圧、骨粗しょう症などの慢性疾患、がんなどさまざまな病気を抱えているケースが多く、心身機能の低下と相まって生活機能が落ち、心身の脆弱性が加速されたりする危険性が高いことが知られている。一方で、フレイルは完全に介護が必要な状態ではなく、適切な生活改善や治療などを行っていくことで生活機能が以前の状態に改善する可能性があることが示されている。つまり、フレイルとは、健康な状態と介護が必要な状態との中間地点にある状態のことである。
*3.フィセチン(Fisetin)
フィセチンは、ポリフェノール類のフラボノイド群に属する構造的に特徴のある化学物質であるフラボノールの一種である。多くの植物に含まれており、色素剤として作用している。フィセチンは、サーチュインを制御する強力なサーチュイン活性化化合物である。
*4.6分間歩行距離(6-Minute walk distance:6MWD)
6MWDは、6分間歩行テスト(6MWT)で患者が歩けた総距離を示す指標である。主に心肺機能や運動耐容能、予後の評価に用いられる。

文献1
A phase II randomized placebo-controlled study of fisetin to improve physical function in breast cancer survivors: the TROFFi study rationale and trial design
Jingran Ji et al. Ther Adv Med Oncol. 11 March 2026, 18:17588359261424668