医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 医学・生命科学全般に関する最新情報

世界で行われている研究紹介世界で行われている研究紹介 がんについてがんについて 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2026/5/7

近年の認知症の有病率、および、発生率の減少傾向: 久山町研究

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 興味深いことに、最近の疫学的研究には、認知症の有病率における傾向が安定、あるいは、低下していることを報告するものがある。
  • 本プロジェクトは、日本人コミュニティにおける最近の認知症の有病率、および、発生率の動向を知るために、久山町研究*1における疫学データの解析を行った。
  • その結果、2012年以降、認知症の有病率および発生率における傾向が低下していることを観察した。
  • 久山町における認知症の発症率の低下は、我が国において、高血圧や糖尿病などの生活習慣病の予防と管理が改善したこと、および、健康的な生活習慣への関心が促進したことなどを反映していると思われる。
図1.

認知症に関連した論文や記事に目を通しますと、「近い将来、5人に1人が認知症になる」、「誰もが認知症になり得る」、「2050年には1,000万人に増えると予測されている」、あるいは、「医療費・介護などの社会的問題はさらに深刻化する」など、悲観的な内容で溢れています。このような予測の根拠となるのは、一つは、疫学的な解析ですが、実際、これまで、認知症の有病率の増加傾向に関する報告がされて来ました。しかしながら、興味深いことに、最近の疫学的研究(主に西洋諸国からの)では、認知症の有病率における傾向が安定しているか、あるいは、低下していることが示唆されています。このような解析は、厳密に言えば、国や人種によって異なる可能性もありますので、我が国独自の解析を行うことが望ましいと思われます。久山町研究*1は、1961年以降に実施された、心血管疾患、その他の生活習慣関連疾患および認知症に関する集団ベースの疫学的研究として注目されていますが、久山町は、福岡都市圏に位置し、この町の住民の年齢や職業分布、および栄養素の摂取量は、過去60年間、日本のそれとほぼ同じ水準であることが国勢調査で示されており、日本の平均的なコミュニティーを反映する結果が得られると期待されます。今回、九州大学・医学部の大原知之博士らは、久山町研究が37年間にわたり実施した認知症調査のデータを解析しました。その結果、認知症の罹患率および発症率は、2012年を境にそれまでの増加傾向から転じて、減少することがわかりました。これは、中国の高齢者における認知機能障害の有病率が、2002年から2008年にかけて増加し、その後2018年まで減少したという報告(Chen H et al. Alzheimers Dement. 2023)に類似しています。したがって、アジア諸国においては、認知症は減少傾向にあるのかも知れません。まだ、さらなる研究が必要ですが、恐らく、II型糖尿病や高血圧など生活習慣病の対策が功を奏した可能性があります。今回は、昨年末にAlzheimer's Research & Therapy誌に掲載された論文(文献1)を報告いたします。


文献1.
Ohara, T., Minohara, T., Nakazawa, T. et al. Thirty-seven-year trends in the prevalence, incidence, and prognosis of dementia in a Japanese community: the Hisayama study. Alz Res Therapy 17, 264 (2025).


【背景】

2010年代以降、アジア系コミュニティにおける認知症の有病率、発生率、生存率がどのように変化したかを調査した集団ベースの研究はほとんどない。

【目的】

本プロジェクトは、久山町(日本人コミュニティ)における37年にわたる疫学データの解析を行うことにより、この問題を明らかにすることを研究目的とした。

【方法】

  • 久山町における65歳以上の住民に対し、認知症に関する横断的調査が1985、1992、1998、2005、2012、2017および2022年に計7回実施された。
  • また、1988年(n = 803)、2002年(n = 1,231)、および、2012年(n=1,519)に、認知症のない65歳以上の住民に3つのコホートを設け、それぞれ10年間にわたり追跡調査を行った。
  • 認知症の有病率の傾向は、ロジスティック回帰モデル*2を用いて検証された。
  • 認知症の年齢および性別調整後の発生率と、認知症発症後の生存率を、コックスの比例ハザードモデル*3を用いて、コホート間で比較した。

【結果】

  • 認知症の粗有病率は1985年から2012年にかけて著しく増加した(1985年は6.7%、1992年は5.7%、1998年は7.1%、2005年は12.5%、2012年は17.9%)が、その後2012年から2022年にかけて大幅に低下した(2017年は15.8%、2022年は12.1%)(図1)。年齢や性別を調整した後も同様の傾向が見られた。
  • さらに、認知症の年齢および性別調整後の発生率は、1988年から2002年のコホート(ハザード率調整後[aHR] 1.68、95%信頼区間[CI]=1.38–2.06)まで著しく増加したが、2002年から2012年のコホート(aHR = 0.60、95%CI = 0.51~0.70)まで著しく低下した。
  • 認知症発症後の年齢および性別調整後5年生存率は、1988年から2002年のコホート期間(47.3%~65.2%;p < 0.01)で有意に上昇した一方で、2002年から2012年のコホートまでの有意な変化は見られなかった(65.2%~58.9%; p = 0.42)。

【結論】

  • 認知症の有病率および発生率における傾向の低下は、2012年以降、日本のコミュニティで観察された。
  • 認知症の発症率の低下は、高血圧や糖尿病などの生活習慣病の予防と管理の改善、および健康的な生活習慣への関心の高まりと促進によるものと考えられた。

用語の解説

*1.久山町研究
久山町研究とは、1961年から福岡県久山町の住民約9,000人を対象に行われている大規模な疫学調査です。日本国内でも代表的なコホート研究の一つとして知られています。現在、久山町研究では、脳卒中・心疾患・がん・高血圧・糖尿病・認知症などの生活習慣病を中心に調査・研究を行い、その予防法や健康管理法を明らかにしています。久山町における認知症の疫学調査は、1985年に65歳以上の全高齢住民を対象とした認知症および日常生活動作(ADL)の有病率調査を皮切りに開始された。その後1992年、1998年、2005年、2012年にも同様の調査が実施され、各調査の受診率はいずれも92%以上と高かった。時代の異なる認知症の有病率調査の成績を比較すると、認知症、特にアルツハイマー病の有病率は人口の高齢化を超えて大幅に増加した。また、認知症は重度のADL障害者における最も頻度の高い原因疾患だった。
*2.ロジスティック回帰モデル
ロジスティック回帰モデルとは、説明変数から事象が起こる確率を0〜1で予測し、その確率に基づいて「起こる/起こらない」などのカテゴリに分類する統計モデルである。線形回帰のように入力の線形結合を作り、それをシグモイド関数で確率に変換して用いる。詳細は統計学の専門書をご覧下さい。
*3.コックスの比例ハザードモデル
コックスの比例ハザードモデルとは、生存時間に影響する複数の要因とハザード(イベント発生の危険度)の関係を、ハザード比という形で評価するための回帰モデルであり、「ハザード比が時間によらず一定(比例)」という仮定をおく半パラメトリックな生存分析手法である。詳細は統計学の専門書をご覧下さい。

文献1
Ohara, T., Minohara, T., Nakazawa, T. et al. Thirty-seven-year trends in the prevalence, incidence, and prognosis of dementia in a Japanese community: the Hisayama study. Alz Res Therapy 17, 264 (2025).