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2026/5/19

多嚢胞性卵巣症候群の精神症状に対する鍼治療の有効性

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)*1は、月経不順、不妊症以外にも多彩な症状を呈するが、頻繁に不安やうつなどの精神症状*2を伴うことが知られている。
  • 最近、鍼治療*3の不安やうつなどの精神症状に対する有効性が注目されているが、PCOSに関しても報告されている。本プロジェクトは、それを評価するために、システマティックレビュー・メタ解析を行った。
  • 8つのデータベースを検索し、12個のランダム化比較試験(2,127人の患者さん)を解析した結果、鍼治療は、PCOSにおける不安障害や抑うつを軽減するための安全で効果的な補助療法になり得ることを観察した。
  • 今後、メカニズムが分子レベルで明確にされ、さらに、サンプル数が増えて、鍼治療が安全で効果的な補助療法として確立することが期待される。
図1.

PCOSは卵巣内での男性ホルモンの分泌量が増加することが原因で、月経不順、不妊症になり、主として、クロミフェン療法*4などの薬物療法が行われていますが、加えて、男性ホルモンの影響により毛深くなり、ニキビができ、肥満や血糖値上昇などの多くの症状を伴います。また、PCOSの患者さんは、不安やうつなどの症状を伴うことが知られています(図1)。これらの精神症状に対する明確な治療法はないので、現在、いろいろな治療法開発が試みられていますが、中でも注目されているのが鍼治療です。鍼治療は、2000年以上前に中国で誕生し、我が国には、6世紀の初頭に渡来して、現在では、東洋医学あるいは漢方医学の一分野になり、鍼灸医療として民間医療としても普及しました。鍼灸治療は、1. 自律神経刺激、2.血流改善、3. 免疫力増強、4.痛み抑制、5.心地よさなどのメカニズムにより(図1)、非常に多くの疾患に有効とされています。実際、世界保健機関(WHO)も2025年の時点で、41の適応症を認めています。最近では、不安やうつなどの精神症状に対する有効性が着目されています。このような状況で、中国・四川省にあります成都中医薬大学(Chengdu University of Traditional Chinese Medicine)のRongzhen Ye博士らは、PCOSの精神症状に対する鍼治療の有効性を評価するためにシステマティックレビュー・メタ解析を行いました。その結果、鍼治療は、アンドロゲン、脂肪、および神経内分泌経路の調節を通して、PCOSにおける不安障害や抑うつを軽減することが明らかになりました。今回はFrontiers in Medicineに掲載された論文(文献1)を紹介いたします。今後、メカニズムがさらに明確にされ、ランダム化比較試験(RCT)におけるサンプル数が増えて、鍼治療が安全で効果的な補助療法になること期待されます。


文献1.
Ye R et al. (2026) Acupuncture improves anxiety and depression in patients with polycystic ovary syndrome: a systematic evaluation and meta-analysis. Front. Med. 17, 264 (2025).


【背景・目的】

最近、PCOSにおける不安や抑うつに対処するために鍼治療が利用されるようになっている。本研究の目的は、PCOSを有する女性における不安や抑うつの緩和に対する鍼治療の有効性と安全性を厳密に評価しつつ、その潜在的なメカニズムを探求することである。

【方法】

2025年3月1日までの、 CNKI、Web of Science、PubMed、Embaseなど、8つのデータベース(中国語/英語)を検索した。2人の研究者が独立して研究をスクリーニングし、データを抽出し、コクラン・リスク・オブ・バイアス・ツール*5を用いて質を評価した。メタアナリシスはRevMan 5.4*6で実施された。

【結果】

  • 12個のランダム化比較試験(RCT)(n = 2,127;鍼治療群1,059例、対照群=1,068例)が含まれた。
  • 対照群と比較して、鍼治療群は不安スコア [MD(Mean Difference)= -6.42, 95%CI(-8.91, -3.56);p < 0.00001]および抑うつスコア[MD = -5.89, 95%CI(-9.01, -2.78);p = 0.0002] を著しく低下させた。
  • 鍼治療はテストステロンの改善も行った[MD= −0.05, 95% CI(−0.11, 0.00); p = 0.05]、BMI [MD = −0.70, 95%CI(−1.19, −0.21); p = 0.005] 、および、ウエストとヒップの比率 [MD = −0.06, 95% CI(−0.11, −0.01); p = 0.03、
  • 有意な悪影響なし[OR(Odds Ratio) = 0.08、95%CI(0.01, 0.81); p = 0.03。
  • インスリン抵抗性への影響は有意ではなかった [MD = −0.41, 95% CI(−1.18, 0.37); p = 0.31]。

【結論】

  • 鍼治療は、PCOSにおける不安障害や抑うつを軽減するための安全で効果的な補助療法である。これらの利点は、アンドロゲンレベル、脂肪、および神経内分泌経路の調節によって媒介される可能性がある。
  • 結論はサンプルサイズ、方法論的不均一性、および不十分な有害事象報告によって制限されている。これらの方法の安全性と有効性を確認するには、より高品質なRCTが必要である。

用語の解説

*1.多嚢胞性卵巣症候群(Polycystic ovary syndrome: PCOS)
PCOSは、は妊娠可能な年齢(15~42歳)の女性の、5-8%に起こり不妊の原因になる。卵巣で通常より多くの男性ホルモンが分泌されることによって卵胞(卵子を育てる袋)の成熟に時間がかかり、排卵しにくくなる病気である。これにより月経周期が長くなる・不規則になるといった月経異常が引き起こされる。また男性ホルモンが多いことから、にきびが増える・毛深くなる・体重が増えるなど全身にさまざまな症状が現れる特徴がある。男性ホルモンの分泌が増加するのは、血糖値を下げるインスリンのはたらきが弱まるためである。男性ホルモンは卵胞の発育を抑制する、卵巣を包む膜を厚くする作用を持つため、正常な排卵が起こりにくくなりPCOSを発症するとされている。総じて、病態は複雑で、遺伝や環境的な要因により発症すると考えられている。治療では症状、妊娠の希望の有無に応じて生活指導、薬物治療(クロミフェン療法)、手術療法(腹腔鏡下卵巣多孔術)などを行う。
*2.多嚢胞性卵巣症候群の精神症状
過食症、統合失調症、双極性障害、うつ病、不安障害、パーソナリティ障害などの様々な精神疾患と関連していることが報告されている。同時に、PCOSの特徴である高アンドロゲン血症が胎児の神経発達に悪影響を及ぼす可能性があるというエビデンスも存在する。疫学研究では、母親のPCOSと子どもの自閉スペクトラム症や注意欠如・多動症を含む様々な行動および精神疾患との関連が示されている。また、PCOSの症状そのものが、患者にとって大きな精神的負担となり、さらなるストレスを生み出すという悪循環に陥ることが少なくない。過食症、統合失調症、双極性障害、うつ病、不安障害、パーソナリティ障害などの様々な精神疾患と関連していることが報告されている。同時に、PCOSの特徴である高アンドロゲン血症が胎児の神経発達に悪影響を及ぼす可能性があるというエビデンスも存在する。疫学研究では、母親のPCOSと子どもの自閉スペクトラム症や注意欠如・多動症を含む様々な行動および精神疾患との関連が示されている。また、PCOSの症状そのものが、患者にとって大きな精神的負担となり、さらなるストレスを生み出すという悪循環に陥ることが少なくない。
*3.鍼治療(Acupuncture)
鍼治療とは、身体の特定の点を刺激するために専用の鍼を生体に刺入または接触する治療法である。中国医学等の古典的な理論に基づいており、中国・日本・韓国でそれぞれ発達した。このうち韓国が特に鍼を重視し、「一鍼二灸三薬」と言われている。中国医学では、経穴を刺激することで経絡として知られる道を通る「気」の流れの異常を正すとされる。科学的調査では「気」、「経絡」、「経穴」、といった中国医学の概念に組織学的あるいは生理学的相互関係は見出cされておらず、一部の現代の施術者は中国医学的手法に基づかない鍼療法を使用している。現在、日本において鍼を業として行えるのは、医師および国家資格であるはり師の免許を持つ人である。鍼灸院ならびに医療機関にて受けられる。鍼灸院の開設は、はり師、きゅう師の資格を持つものならびに医師に限られる。欧米では代替医療、医療類似行為に分類されている。特定の症状に対する鍼治療の適用はアメリカ国立衛生研究所やイギリスの国民保健サービス、世界保健機関、アメリカ国立補完代替医療センターによって認められている。しかしながら、懐疑論者は様々な保健管理機関による鍼の承認に対して、ひどく軽率であり鍼の有効性に関する異論あるいは反論を含んでいないとして批判している。実際、現在のエビデンスは鍼治療の効果が全てプラセボによるものである可能性を排除していない。鍼治療はクリーン・ニードル・テクニック (CNT) を用いて施術した場合には一般的に安全であり、深刻な副作用の危険性は非常に低い。
*4.クロミフェン療法
クロミフェンは、無排卵治療薬の第一選択薬として最も広く用いられる。クロミフェンはその化学構造の特性により、作用する部位によってエストロゲンとして働く場合と、抗エストロゲンとして働く場合がある。クロミフェンは、視床下部にも脳下垂体にも排卵をおこすように働く。視床下部のレベルでは、LH-RHのパルス頻度を増加させ、脳下垂体レベルではLH-RHへの感受性を亢進させる。この両方の作用により脳下垂体からのFSHとLHを増やし、それが卵胞発育を刺激する。またクロミフェンは卵巣に直接働いて、FSHの刺激に対する感受性を上げるという効果もある。クロミフェン療法が無効な場合、ゴナドトロピン療法といってFSH製剤を注射する。この場合、卵巣過剰刺激症候群という卵巣が腫れてしまう病態や、多胎妊娠が起きないように注意する必要がある。
*5.コクラン・リスク・オブ・バイアス・ツール(Cochrane Risk of Bias Tool)
ランダム化比較試験のバイアスリスクの評価ツールとしてCochrane Risk of Bias Tool ver.2.0が2019年8月に最終版が完成し、広く使われるようになってきました。
詳細は専門書をご覧下さい。
*6.RevMan 5.4
RevMan 5.4とは、コクラン共同計画が提供していた系統的レビューとメタアナリシス作成用ソフト「Review Manager 5(RevMan 5)」の最終版(バージョン5.4、2020年公開)で、現在はサポート終了済みのデスクトップ版ツールです。

文献1
Ye R et al. (2026) Acupuncture improves anxiety and depression in patients with polycystic ovary syndrome: a systematic evaluation and meta-analysis. Front. Med. 17, 264 (2025).