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2026/6/4

SHANK3およびβ-シヌクレイン;フェラン・マクダーミド症候群のバイオマーカー

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • フェラン・マクダーミド症候群(PMS)*122番染色体の欠失またはSHANK3*2遺伝子の変異によるハプロ不全*3が原因で引き起こされる先天性の精神発達障害である。
  • 現在、複数の継続的な治療プログラムが行われているが、病状の進行具合や治療効果をモニタリングするための客観的なバイオマーカーが必要である。
  • PMS患者さん(n=23)に由来する血液サンプルの解析を行った結果、症状の重症度に応じて、末梢血液単核細胞(PBMC)*4におけるSHANK3タンパク質の発現量が対照群と比較して著しく低下する一方で、血漿中のβ-シヌクレイン(βS)が有意に増加していることを見出した。
  • 今回のパイロット研究によって得られた2つのバイオマーカーの候補;SHANK3とβSが、サンプル数を増やした更なる研究により、PMSのバイオマーカーとして確立することが期待される。
図1.

近年、発達障害に関わる原因遺伝子がいくつか同定されてきましたが、病気が引き起こされる分子メカニズムは不明な点が多く、病気のバイオマーカーや治療法は確立されていません。PMSは、染色体22q13.3の末端または中間部欠失により、また、まれに均衡型転座または病原性変異によるシナプス足場タンパク質をコードするSHANK3遺伝子のハプロ不全が原因となり、精神発達障害を来たす疾患群です。PMSの特徴的な症状は, 筋緊張低下、知的障害、発語遅滞、自閉症様行動、および胃食道逆流などがあり、自閉症スペクトラム障害(自閉スペクトラム症と認知症の世代を超えた相関関係〈2026/2/5掲載〉)の比較的頻繁な原因であると考えられています。将来的には、ウイルスベクターでSHANK3遺伝子を発現する、あるいは、ゲノム編集技術などによりSHANK3遺伝子を元に戻すといった根治療法が確立されることが期待されます(図1)。現時点では、運動療法、コミュニケーション能力の訓練、理学療法、作業療法や薬物療法などの対症療法が行われていますが、患者の層別化をサポートし、予後を知らせ、治療試験のためのモニタリングおよび薬力学的エンドポイントを提供できる、客観的なバイオマーカーの開発が望まれています(図1)。このような状況で、ドイツ、ウルム大学のJessica Pagano博士らは、PMS患者さん由来の血液サンプルの解析を行ったパイロット研究(n=23)において、症状の重症度に応じて、PBMCにおけるSHANK3タンパク質の発現量が対照群と比較して著しく低下し、他方、血漿中のβSが有意に増加していることを見出しました。βSは、シナプス前タンパク質であり、神経伝達に関与するタンパク質であると考えられています。今回のパイロット研究によって得られた2つの分子;SHANK3とβS, がサンプル数を増やした更なる研究により、PMSのバイオマーカーとして確立することが期待されました。今回は、最近、Translational Psychiatry誌に掲載された論文(文献1)について報告いたします。


文献1.
Pagano, J., Perez Arevalo, A., Nosanova, A. et al. SHANK3 and beta-synuclein are novel blood-based biomarkers for the Phelan-McDermid Syndrome: a pilot study. Transl Psychiatry 16, 201 (2026).


【背景・目的】

PMSの半数以上が、言語、認知、運動能力、行動において機能障害を示している。これに対して、複数の継続的な治療プログラムが活発に行われているにもかかわらず、患者の階層化をサポートし、疾患経過や治療反応をモニタリングするための客観的でスケーラブルな液体バイオマーカーは依然として不足している。したがって、が、本プロジェクトの研究目的は、PMSのバイオマーカーを確立することである。

【方法】

上記の目的の初期段階パイロット研究として、SHANK3およびβSの2つの分子に注目し、PMS患者23人由来の血液サンプルを解析した。前者は、末梢血液単核細胞PBMCにおけるSHANK3タンパク質の発現量をウェスタンブロットで定量化し、後者に関しては、血漿中のβSを免疫沈降-質量分析により定量化した。

【結果】

  • PBMCに発現するSHANK3タンパク質はウェスタンブロットで検出可能であり、定量化の結果、SHANK3ハプロ不全に一致するPMSでは著しく低下した。
  • また、PBMC SHANK3のレベルの低下は、発達後退が伴うことが、観察されたことからも、診断マーカーとしてではなく経過観察用のバイオマーカーとしての有用性が示された。
  • さらに、神経細胞特異的シナプスタンパク質であるβSの血漿レベルはPMSで上昇し、発話障害の重症度と正の相関を示した。
  • SHANK3ノックアウトマウスモデルにおいて、薬剤処理でmGlu5受容体を変調することによってβSレベルを正規化することに成功した。

【結論】

これらの結果は、PBMCsにおけるSHANK3および血漿βSが相補的な液体バイオマーカーとして初期証拠となり、PMSにおける予後支援および治療的反応の客観的モニタリングを可能にし、大規模および小児の縦断コホートにおける検証を保証するものである。

用語の解説

*1.フェラン・マクデルミド症候群(Phelan-McDermid Syndrome:PMS)
PMSの臨床診断基準は確立されていない。本症候群の原因は、染色体22q13.3の末端または中間部欠失である。まれに均衡型転座または病原性変異によるSHANK3遺伝子の機能喪失も原因となる。2006年頃までは、22q13.3欠失の診断には高精度分染法と蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)が広く使用されていた。2006年以降は、22q13.3欠失の検出には感度、精度ともにより高い染色体マイクロアレイ解析が用いられることが多い。PMSに特徴的な症状は、新生児筋緊張低下、広汎性発達障害、無発語~重度の発語遅滞、および正常成長~過成長である。大多数の患者は中等度から重度の知的障害を示す。 この他、肉厚で大きな手、趾爪の形成異常、高体温症につながり易い発汗低下などが見られる。また、異食行為、痛覚鈍麻、自閉症様の情動・行動といった神経行動学的特性を持つ。
*2. SHANK3
SHANK3はもともと「グルタミン酸作動性シナプスのポストシナプス側にある足場タンパク質」として同定された。 SHANK ファミリー(SHANK1, SHANK2, SHANK3)の一員として見つかり、グルタミン酸受容体複合体と細胞骨格をつなぐ分子として位置づけられた。この段階では「シナプス形成と可塑性に関わる分子」という基礎神経科学的な興味が中心で、自閉スペクトラム症などとの直接の関連はまだ前面には出ていなかったが、その後、染色体の構造異常を調べていた研究から、「SHANK3が欠失していると特定の発達障害を起こす」ことが示され、一気に注目されるようになった。PMSの臨床像には、知的障害や言語発達の重い遅れに加えて、自閉スペクトラム症に似た社会性の障害が含まれることから、SHANK3を候補遺伝子として自閉スペクトラム症患者のゲノム解析が進んだ。自閉スペクトラム症のコホートでコピー数変異や点変異を網羅的に調べる研究が進み、SHANK3にかかる欠失や機能喪失変異が、ASD全体のおおよそ 0.5〜1% 程度で見つかることが報告された。こうした研究により「シナプス足場分子 SHANK3 のハプロ不全が、自閉症様症状や知的障害の原因になりうる」と認識されるようになった。このように、臨床研究から得られたゲノム情報が、すでに基礎研究で知られていたシナプスタンパク質SHANK3と結びついたというような解釈が可能である。
*3.ハプロ不全(Haploinsufficiency)
「本来2コピーあるはずの遺伝子が、1コピーしか働いていないために量が足りず、正常な機能を保てなくなる状態」を指す。多くの細胞では、父由来と母由来の同じ遺伝子が1コピーずつ、合計2コピーあるが、そのうち片方が欠失したり壊れたりして「1コピー分しか機能しない」と、種類によってはそれだけで病気の原因になる。これを「その遺伝子のハプロ不全」と表現する。
*4.末梢血液単核細胞(Peripheral Blood Mononuclear Cells; PBMC)
PBMC(末梢血単核細胞)は、血流中に存在する単一の核を持つ免疫細胞である。PBMCには、免疫システムの重要な構成要素として以下が含まれる。リンパ球:適応免疫と自然免疫において重要な役割を果たすT細胞、B細胞、ナチュラルキラー(NK)細胞。

文献1
Pagano, J., Perez Arevalo, A., Nosanova, A. et al. SHANK3 and beta-synuclein are novel blood-based biomarkers for the Phelan-McDermid Syndrome: a pilot study. Transl Psychiatry 16, 201 (2026).