医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 医学・生命科学全般に関する最新情報

世界で行われている研究紹介世界で行われている研究紹介 がんについてがんについて 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2026/6/23

アルツハイマー病における血液β-シヌクレインの縦断的解析

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 最近の研究は、β-シヌクレイン(βS)が、アルツハイマー病(AD)の新しいシナプス血液バイオマーカーなり得る可能性を示唆しているが、現時点で、個々の患者からの縦断データは欠落している。
  • 本研究では、アルツハイマー病ニューロイメージング・イニシアティブ(ADNI)*1の463人の参加者;CU (Cognitively unimpaired: 無症候性障害)、MCI(軽度認知障害)、およびAD認知症を対象に、免疫沈縮質量分析法(IP-MS)*2による血清βSの解析を行った。
  • その結果、血清βSのレベルは、CU、MCI、認知症のすべての段階で動的であり、MCIから認知症への変換および将来の認知機能の低下を予測していた。
  • これらの結果は、血清βSのバイオマーカーとしての有用性を示唆するものであり、さらなる研究で、AD連続体におけるβSの軌跡を検証する必要がある。
図1.

近年、ADなど神経変性疾患の治療研究が進展していく中、病期の判定や疾患修飾薬による治療効果を評価するためのバイオマーカーの開発がより重要になってきました。ADのバイオマーカーとしては、これまで脳脊髄液中のAβ1-42やリン酸化タウ、あるいはアミロイドPETが知られていましたが、前者は侵襲性を避けられないこと、後者は医療費が高額になることが欠点でした。このような状況で、ドイツ・ウルム大学附属病院のPatrick Oeckl博士らは、一連の研究により、ADやプリオン病(クロイツフェルト・ヤコブ病など)において脳脊髄液、及び、血清中のβSの発現が高値を呈することを発見し、これらの疾患におけるバイオマーカーになる可能性を示しました(アルツハイマー病のバイオマーカーとしての血清β-シヌクレイン〈2023/12/26掲載〉)(図1)。しかしながら、これまでの研究結果は、いくつかの異なる研究に基づいた横断的研究*3から得られたものであり、同じ患者さん由来のサンプルを解析する縦断的研究*3の方がβSの変化が早期診断、予測、疾患の進行および治療モニタリングにどのように用いられているかを評価する上で有効です。このような考えで、今回の観察研究では、ADNIの463人の参加者を対象に、IP-MSにより血清βSを解析しました。その結果、縦断的データによると、血清βSのレベルは、AD連続体;無症候性障害、軽度認知障害MCI、認知症のすべての段階で動的であり、MCIから認知症への変換および将来の認知機能の低下を予測していました。これらの結果は、血清βSのバイオマーカーとしての有用性を示唆するものであり、最近、Alzheimers Res Ther誌に掲載されましたので、今回は、その論文(文献1)について報告いたします。著者らは、血清βSの値が上昇するメカニズムとして、AD初期のシナプス機能不全により神経細胞内のβSが細胞外に漏出することが原因だと考えていますが、その他の神経変性疾患と異なり、ADやプリオン病で選択的に血清βS値が上昇するのを説明するのは不十分であり(図1)、今後、抗アミロイド免疫療法を改良して行く上でも、病態メカニズムをより深く理解することが必要に思われます。


文献1.
Patrick Oeckl, Samir Abu-Rumeileh, Christopher M Weise et al. Longitudinal changes of blood β-synuclein in cognitively unimpaired, mild cognitive impairment and sporadic Alzheimer´s disease. Alzheimers Res Ther 2026;18(1):45.


【背景・目的】

最近の研究は、βSはADの新しいシナプス血液バイオマーカーであり、認知機能障害、脳萎縮、アミロイド/タウ病理と相関することを示している。現時点で、個々の患者からの縦断データは欠落しているが、βSの変化が早期診断、予測、疾患の進行および治療モニタリングにどのように用いられているかを評価する上で重要であり、これを明らかにすることが本研究の目的である。

【方法】

この観察研究では、ADNIの463人の参加者を対象に、IP-MSによる血清βSを解析した。これには、CU (Cognitively unimpaired: 無症候性障害)、MCI、およびAD認知症の被験者(1件以上のフォローアップサンプル、および、最大19年間の臨床的フォローアップ)を対象とした。また、軽度認知障害(MCI)、および235人を対象とした194人の参加者に対して、CSFのADバイオマーカー値が利用可能であった。

【結果】

  • 参加者(女性40.0%、n=185)の平均年齢(±SD)は76.2±6.7歳であった。
  • 横断的群比較により、CU患者と比較して、MCIおよびAD認知症のβSレベルが高かった。また、AD認知症のβSレベルは、MCIのそれよりも高かった。
  • 縦型血清サンプルの平均フォローアップ期間は2.3±1.2年であった。縦断的データによると、βSのレベルは、AD連続体(CU、MCI、認知症)のすべての段階で動的であり、個体間のばらつきが大きかった。
  • βSは、MCIから認知症への変換および将来の認知機能の低下を予測しており、CSFの神経グラニンよりもAD認知症患者の差別においてより優れたパフォーマンスを示した

【結論】

本研究より得られた縦断データは、将来の認知機能低下およびMCIから認知症への変換を予測する際に血清βSレベルを使用することを指示するものである。しかしながら、生物学的および臨床的に定義された参加者を対象としたさらなる研究で、AD連続体におけるβSの軌跡を検証する必要がある。

用語の解説

*1. アルツハイマー病ニューロイメージング・イニシアティブ(Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiative; ADNI)
ADNI はADおよびその前段階に関するバイオマーカー研究を加速するために構築された大規模縦断研究である。単なる画像データ集ではなく、画像・臨床・認知機能・体液・遺伝学的情報を統合的に扱える研究インフラとして設計されている点が大きな特徴である。ADNI の公式文書では、2003 年に開始されたpublic-private partnershipとして説明されており、もともとの目的は、MRI、PET、各種生物学的マーカー、臨床評価、神経心理評価を組み合わせることで、MCIや早期アルツハイマー病の進行をよりよく捉えられるかを検証することにあった。ADNIは、縦断的に追跡されたデータであり、さらに MRI・PET・認知機能・バイオマーカー・遺伝学などを同一参加者の枠組みで統合的に扱えるため、再現性のある研究を進めやすいと考えられる。現在ではADNIは、脳MRI を用いた萎縮解析、PETを用いたアミロイド・タウ研究、血液や髄液バイオマーカーを用いた診断モデル開発、疾患進行予測、マルチモーダル機械学習、縦断データを用いた自然経過の解析などで、事実上の標準データセットになっている。つまりADNIは、「認知症研究のための公開コホート」であると同時に、「脳画像研究・バイオマーカー研究・AI研究をつなぐ共通基盤」でもある。
*2. 免疫沈降―質量分析法(Immunoprecipitation-mass spectrometry; IP-MS)
IP-MSは、特異抗体で標的タンパク質やその複合体を免疫沈降(Immunoprecipitation, IP)で濃縮し、その沈降物を質量分析(Mass Spectrometry, MS)で解析することで、タンパク質間相互作用ネットワークや翻訳後修飾などを網羅的に同定・解析する手法である。具体的には、標的タンパク質の結合パートナーの網羅的同定(インタラクトーム解析)、リン酸化など翻訳後修飾の部位・状態の解析、シグナル伝達経路やクロマチン複合体などの機能解明などに有用である。しかしながら、抗体の特異性・感度に強く依存(IP-MSでの抗体バリデーションが重要)、非特異結合を抑えるための適切なコントロールと洗浄条件が必須などの注意が必要である。
*3.横断的研究、縦断的研究
横断的研究はある一時点で異なる対象集団を比較する研究デザインであり、縦断的研究は同じ対象を時間を追って繰り返し測定し変化を追跡する研究デザインである。前者は短期間・低コストで現状把握に適し、後者は因果関係や発達・経時変化の検討に適する。

文献1
Patrick Oeckl, Samir Abu-Rumeileh, Christopher M Weise et al. Longitudinal changes of blood β-synuclein in cognitively unimpaired, mild cognitive impairment and sporadic Alzheimer´s disease. Alzheimers Res Ther 2026;18(1):45.