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一般向け 研究者向け 査読前論文

2026/7/24

手足口病ワクチン接種後の流行パターンの変化;中国南部における縦断的研究

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 最近、手足口病(HFMD)*1が多くの国での流行しており、世界的な問題になっている。中国は2016年、一価不活化*2EV-A71*3ワクチンの普遍的キャンペーンを開始したが、これまでのところ、EV-A71ワクチン接種後におけるHFMDを誘導する主要な病原体の流行パターンの変化については調べられていない。
  • 本プロジェクトは、EV-A71ワクチン接種キャンペーン前後において中国南部における手足口病流行パターンの縦断的研究(2009-2022年)を行ったところ、ウイルスの流行傾向はEV-A71からCVA6*4およびCVA16*4へと変化したことがわかった。
  • これらの結果は、多価ワクチンの必要性を示唆しており、公衆衛生システムは、全ゲノム配列解析を導入して血清型置換の詳細なモニタリングを実施し、強化されたサーベイランスを組み込むことが望ましい。
図1.

最近、新型コロナウイルスのパンデミック程ではありませんが、HFMDが多くの国で流行しており、世界的な問題になっています。東京都におきましても、都内の小児科定点医療機関からの第26週(6月22~28日)におけるHFMD患者報告数が2年ぶりに都の警報基準を超え、注目されています(図1)。HFMDは、コクサッキーウイルスやエンテロウイルスなどのウイルスに感染した後、3~5日ほどの潜伏期間を経て口中、手のひら、足の裏、肘、膝、殿部に水ぶくれが現れ、微熱(〜約3割)が見られるのが特徴です。通常、数日で自然に解熱し、後遺症を残すことはありませんが、まれに、脳炎や髄膜炎などの重篤な合併症を引き起こすことがあるので要注意です。現在、HFMDに対する抗ウイルス薬が利用出来ないため、ワクチン開発などの予防対策を行う必要があります。中国では、2016年、一価不活化EV-A71ワクチン接種のキャンペーンを開始しました。これまでのところ、EV-A71ワクチン接種後における流行パターンについては不明であり、明らかにする必要があります。このような状況で、中国・広西中医薬大学(Guangxi University of Chinese Medicine)*5のHou Yet博士らは、EV-A71ワクチン接種前後でHFMDを引き起こすウイルスが変化する可能性を考えて解析したところ、EV-A71の系統は、CVA6およびCVA16に置き換わることが明らかになりました。このことは、一価不活化ワクチンよりも多価不活化ワクチンを接種する方が有効であることを示唆するものでした。これらの結果が、PLoS Oneに掲載されましたので、今回は、その論文(文献1)について報告いたします。今後、HFMDワクチン開発に役立つことが期待されます。


文献1.
Hou Yet al. (2026) Shifting epidemiological patterns and strain replacement of hand, foot, and mouth disease in southern China, 2009–2022: A longitudinal study. PLoS One 21(1): e0341302.


【背景・目的】

中国は2016年、一価不活化EV-A71ワクチンの普遍的キャンペーンを開始した。EV-A71ワクチンはCVA16などの他のウイルスによって引き起こされる感染症に対しては交差保護が提供されないと考えられるが、これまでのところ、EV-A71ワクチン接種後にHFMDを誘導する主要な病原体の流行パターンの変化については調べられていない。したがって、これを明らかにすることが本研究の目的である。

【方法】

  • 2016年末に中国本土で、一価EV-A71ワクチンの普遍的キャンペーンが導入された。本研究は、2009年から2016年をワクチン接種前期間として、2017年から2022年をワクチン接種後期間として定義した(2009–2022年の縦断的解析)。
  • ワクチン接種前・後の期間で参加者75,477件の検体(喉の検体、鼻腔検体、および便検体)を用いて、HFMDサーベイランス*6、および、VP1シークエンシングデータ*7の時系列解析、およびウェーブレットアプローチ*8を用いて、病原体の置換、ウイルススペクトルの変化を特定した。

【結果】

  • 春には、長期化しているが、低いHFMDのピークが発生し、ワクチン接種後の秋には遅くて高いピークが見られた。
  • 通常の半年間の感染の伝播サイクルは消失したが、1年周期は変化なかった。
  • シークエンスの結果、主流の系統としてのEV-A71が、CVA6およびCVA16の血清型に置き換わる可能性が示唆された。

【結論】

  • EV-A71ワクチンは春季に感染を減少させたが、秋の症例数の減少にはほとんど影響を与えなかった。その一方で、新たな主要株(CVA6およびCVA16)へ置き換わった可能性が浮上した。
  • 公衆衛生システムは、全ゲノム配列解析を導入して血清型置換の詳細なモニタリングを実施し、中国南部全域における多価ワクチンの必要性を評価することで、強化されたサーベイランスを組み込むべきである。

用語の解説

*1.手足口病(Hand, foot and mouth disease; HFMD)
乳児や幼児によく見られるウイルス性疾患であるが、成人にも見られる。乳児ではまれに死亡することがある。夏季を中心に流行し、汗疹と間違えられやすい。原因となるウイルスには、ピコルナウイルス科内のエンテロウイルス属に属するコクサッキーウイルスA16が主で、他にA4, 5, 9, 10、B2, 5、またエンテロウイルス71型も原因となる。感染者の鼻や咽頭からの分泌物、便などによる接触感染である。飛沫感染も起こる。感染から発症までの潜伏期間は3日から5日程度とされる。初期症状として発熱と咽頭痛がある。1-2日後には手掌や足底、膝裏、足の付け根(臀部)などに痛みを伴う水疱性丘疹が生じ、口内にも水疱が出現する。これが7-10日間続く。ただし、常に全ての徴候が出現するとは限らない。多くの場合、1週間から10日程度で自然に治癒するが、まれに急性髄膜炎が合併し急性脳炎を生じる。エンテロウイルス71の感染症例では、他のウイルスを原因とする場合より頭痛、嘔吐などの中枢神経系合併症の発生率が高い。また、コクサッキーウイルスA16感染症例では心筋炎合併の報告がある。
*2.一価不活化
一つの型のウイルス抗原を含む、不活化ワクチン。これに対して、複数のウイルス抗原を含む、多価不活化ワクチンと言う。
*3.EV-A71(Enterovirus A71)
EV-A71は、手足口病などを起こし、まれに重い中枢神経合併症を引き起こすピコルナウイルス科エンテロウイルス属に属するエンテロウイルスA71型というRNAウイルスである。
*4.CVA6, CVA16(Coxsackievirus A6, A16)
コクサッキーCVA6, CVA16は、エンテロウイルス属に属するRNAウイルスで、HFMDの主要な原因となっているウイルス型の一つであり、通常は乳幼児に発熱と口内・手足の発疹を起こすが、まれに重症化や広範な水疱・爪の脱落などを伴うことがある。
*5.広西中医薬大学(Guangxi University of Chinese Medicine)
広西チワン族自治区人民政府に属し国家中医薬管理局が共同運営する地方重点大学。中国の少数民族自治区の中で唯一、自治区政府が独立して設置する漢方医薬大学で、壮族の伝統漢方医薬の教学と研究に特色がある。
*6.サーベイランス(Surveillance)
サーベイランスとは、対象を継続的・計画的に観察・監視して情報を収集・評価することを指し、一般には「監視」「調査監視」という意味で使われる。医療や公衆衛生、ビジネス、ISO審査などの分野で、状況把握やリスク管理のために行われます。公衆衛生の分野では、人々の健康にとって脅威となりうる事柄について、サーベイランスを行っており、その対象にはつぎのようなものがある。
  • 死亡、疾病、事故、暴力など、健康を損なう事態そのもの。
  • 人々が接触する環境(食品、薬品、水、大気、土壌、動物など)中に存在する、健康を害する要因(病原体、アレルゲン、化学物質など)。
  • 免疫、アレルギー、生活習慣など、個人側の要因。
なかでも、ヒトからヒトに感染することで広がる感染症については、患者発生の情報を集約して対策をとる仕組みが古くから各国で構築されてきた。その情報を国際的に集約するネットワークも形成されている。
*7.VP1シークエンシングデータ
VP1シークエンシングデータとは、エンテロウイルスなどのVP1(カプシド構成タンパク質)遺伝子領域の塩基配列を決定し、その配列情報を用いてウイルス株の型別やワクチン株からの変異度を評価するためのシークエンスデータを指す。
*8.ウェーブレットアプローチ(Wavelet Approach)
信号や画像などのデータを時間(位置)と周波数の両方の情報を保ったまま多重解像度で解析・処理するために、ウェーブレット変換を用いる数学的・工学的手法の総称である。ノイズ除去、圧縮、特徴抽出などに広く使われる。フーリエ変換に比べて、時間情報保持される局所的変化を得意とし、非定常信号の解析に適する。詳細は、専門書をご覧下さい。

文献1
Hou Yet al. (2026) Shifting epidemiological patterns and strain replacement of hand, foot, and mouth disease in southern China, 2009–2022: A longitudinal study. PLoS One 21(1): e0341302.