2020/12/25
SARS-CoV-2ウイルスはその発生以来、変異を蓄積しています。これらの変異をモニターすることにより、感染の拡大経路の追跡、自然選択の結果選択された変異の同定が可能になります。
RNAウイルスの変異は3つの経路で引き起こされます。第1に複製の過程のエラー、第2に同一宿主内での2種類のウイルスの組換え、第3に宿主の免疫防御機構の一部であるRNA編集システムです。生存に不利な変異は集団から駆逐され、中立あるいは有利な(適応的)変異はウイルス集団に多く残ってゆくことになります。
適応的変異を早期に検出することは、ウイルスの拡大を制御するのに有効であると想像されますが、中立の変異と適応的変異を区別することは容易ではありません。自然選択で残った変異は、別々のウイルス系統で繰り返し、また、独立して現れたと考えられます(homoplasies;収斂進化)。従って、感染伝搬は、ウイルスの適応性の指標となるため、先祖型から由来するそれぞれの子孫の相対的な割合から、それらの変異型の伝搬性(transmissibility)の違いを推定することが可能です。
University College London (UCL)などの研究グループは、世界中の99の異なる国々から収集した、46,723の SARS-CoV-2 亜種を解析し、独立に現れる変異がウイルスの適応性の変化に貢献しているかを検討しました(文献1)。その結果、12,706の塩基変異部位が同定されました。その結果から、CからUへの変化が圧倒的に多いことがわかりました。また、これらの変異のうち、約400個は独立に何度も現れる変異でした(homoplasies)。
論文の著者らはSARS-CoV-2ゲノム上の変異は単にウイルスRNAポリメラーゼのエラーだけでなく、宿主のRNA編集システム(activation-induced cytidine deaminase [AID; an enzyme]および apolipoprotein B messenger RNA editing enzyme, catalytic polypeptide-like [APOBEC; a protein family])の作用にもよることに気づきました。 後者は、宿主の自然免疫、適応免疫に関与することが知られています。
それぞれのhomoplasiesと感染伝搬の関係を明らかにするため、Ratio of Homoplasic Offspring(RoHO)を定義し、特定の変異を有する子孫ウイルスの割合を計算しました。その結果、185のhomoplasiesが少なくとも3回独立に現れたと推定されました。これらの変異のどれも、統計的にウイルス感染伝搬を促進していると結論することは困難でした。
これまで研究者が同定していた全ての独立して現れた変異は、伝搬性の観点から、進化的に中立であると思われます。これらの変異は新型コロナウイルスの新しい宿主への適応変異と想像されていましたが、実際には、ウイルスの伝搬性とは相関しないこが明らかとなりました。
D614G変異は、感染勃発の初期から現れ、今回のデータセットでも78%に現れています。これまでの研究から、この変異は、感染伝搬に有利に働く変異と考えられていました(文献2)。しかし、今回の結果では、D614G変異は、ウイルス伝搬に貢献していないことが示されました。D614G変異は、5回の独立した発生を示すのみで、伝搬を促進している因子ではなく、最も初期に表れたウイルス型であるためFounder effect(創始者効果)のためにウイルス集団が拡大するにつれてその相対的頻度が増加したと考えられます。
これらの結果は、細胞及び動物モデルを用いた研究から推定されるウイルスの増殖能、感染性、伝搬性の結果と、疫学的な研究から推定されるウイルスの伝搬性は合致しない可能性を示唆します。
ワクチンの導入により、新たな選択圧がかかり、宿主の免疫監視を逃れる変異が現れる可能性があります。今回の論文で用いられた、解析アルゴリズムは、今後、ワクチン回避型の変異の検出に役立つことが期待されます。