
研究者とプロサッカー選手は、一見するとまったく異なる職業に思えます。しかし、英国の研究者向けキャリアコンサルタントであるSarah Blackford氏は、2026年6月に『Nature』(Nature career columns*2)において、両者のキャリアには多くの共通点があると指摘しています(図1)。特に、「優れた研究者は、優れた研究リーダーになれるのか?」という問いは、これまで提起されていない重要な問題だと思われますので、今回は、このコメント論文(文献1)をこれに対するコレスポンデンス論文(文献2)を含めて取り上げます。
【文献】
1. Blackford S. The surprising career parallels between footballers and researchers. Nature. 2026;655:809–810.
2. Casey P. Lab leaders should follow football’s lead and have coaching qualifications. Nature. 2026;656:266.
もう一つの重要な共通点は、現場で成果を上げる立場から、チームを率いる立場への転換です。プロサッカー選手が監督になると、選手を選び、育て、戦略を示し、チーム全体が能力を発揮できる環境をつくることが仕事になります。研究者も研究室のリーダーになると、自ら実験やデータ解析を行うことに加えて、研究の方向性を示すこと、研究費を確保すること、人材を採用・育成すること、予算を管理すること、メンバー間の調整を行うことなどが求められます。つまり、優れた研究リーダーは、研究業績が優れているだけで、メンバーを育て、安心して意見を述べられる環境をつくり、チームを適切に運営できるとは限りません。優れた研究チームと優れたサッカーチームには、個々の能力だけでなく、信頼、コミュニケーション、相互尊重、明確な役割分担、そして互いを支える文化が必要です。
このNature Careersの記事に対して、アイルランドのUniversity College Corkに所属するPat Casey氏は、2026年8月、『Nature』のCorrespondenceに「研究室のリーダーもサッカーにならい、コーチング資格を持つべきである」と題するコメントを寄せました(文献2)。Casey氏は、サッカー界では、優れた選手であったという理由だけで監督としての能力が保証されるわけではなく、トップレベルのチームを率いるためには、リーダーシップや人材マネジメントについて学び、評価を受けることが求められると述べています。一方、研究の世界では、主として論文数や研究費の獲得などの研究業績に基づいてリーダーに昇進し、人材育成や組織運営の能力は、就任後に自然に身につくものと考えられがちです。しかし、研究室の運営には、人材育成、対話、役割分担、葛藤への対応、研究倫理、安全管理、心理的安全性*3 の確保など、研究上の専門知識とは異なる能力が必要です。これらを十分に学ばないままリーダーになれば、本人だけでなく、指導を受ける若手研究者やチーム全体がその影響を受ける可能性があります。Casey氏は、研究者が初めて人を率いる立場になった時点で、必要な研修と支援を提供することが重要だと主張しています。研修を受けたという事実だけで良い組織文化が生まれるわけではありませんが、少なくとも「教わる機会がなかった」という状況は避けることができます。
これら二つの記事は、研究を「優れた個人同士の競争」としてだけではなく、多様な人々が協力するチーム活動として捉え直す必要性を示しています。研究機関には、論文や研究費などの成果だけでなく、若手研究者の育成、チームへの貢献、共同研究の促進、健全な研究環境づくりなども、リーダーの重要な役割として評価することが求められます。また、研究リーダー本人の努力に任せるだけでなく、組織としてリーダーシップやマネジメントを学ぶ機会を整備し、継続的に支援することも重要です。良い監督のもとで選手が能力を発揮できるように、良い研究リーダーのもとでは、若手研究者やさまざまな専門性をもつ職員が安心して意見を述べ、それぞれの強みを生かすことができます。そのような研究環境は、働く人々の身体的・精神的幸福だけでなく、研究の質、創造性、倫理性、そして社会への貢献にもつながると考えられます。研究は、ひとりで完結するものではありません。サッカーと同じように、それぞれの役割が尊重され、チーム全体が力を発揮してこそ、優れた成果が生まれるのです。