医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 医学・生命科学全般に関する最新情報

世界で行われている研究紹介世界で行われている研究紹介 がんについてがんについて 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2026/9/1

研究者とプロサッカー選⼿の意外な共通点

文責:山﨑修道・橋本 款

今回の論文のポイント

  • 若手研究者とプロサッカー選手には、不安定な雇用、頻繁な移動、短期間で成果を求められるプレッシャーなど、多くの共通点がある。
  • 研究もサッカーも、多様な能力をもつ人々が協力する「チーム活動」であり、目立つ成果だけでなく、チームを支えるさまざまな貢献を評価する必要がある。
  • 優れた選手が必ずしも優れた監督になれないのと同様に、優れた研究業績をもつ研究者が、十分な準備なしに優れた研究リーダー*1になれるとは限らない。
  • 研究室を率いる立場になる際には、研究能力だけでなく、人材育成、コミュニケーション、チーム運営などについて体系的に学ぶ機会が必要である。
図1.

はじめに

研究者とプロサッカー選手は、一見するとまったく異なる職業に思えます。しかし、英国の研究者向けキャリアコンサルタントであるSarah Blackford氏は、2026年6月に『Nature』(Nature career columns*2)において、両者のキャリアには多くの共通点があると指摘しています(図1)。特に、「優れた研究者は、優れた研究リーダーになれるのか?」という問いは、これまで提起されていない重要な問題だと思われますので、今回は、このコメント論文(文献1)をこれに対するコレスポンデンス論文(文献2)を含めて取り上げます。


【文献】
1. Blackford S. The surprising career parallels between footballers and researchers. Nature. 2026;655:809–810.
2. Casey P. Lab leaders should follow football’s lead and have coaching qualifications. Nature. 2026;656:266.


【研究者とプロサッカー選手の意外な共通点】

  • 若手研究者の多くは任期付きの雇用契約のもとで働き、次のポジションを求めて国内外の研究機関を移ります。また、限られた期間内に論文を発表し、研究費を獲得するなど、目に見える成果を上げることが期待されます。大学や研究機関もランキングや業績指標によって評価されます。プロサッカー選手も、契約期間、移籍、試合ごとの成績、チームの順位などに常に影響されます。両者とも自分の仕事に対する強い情熱をもちながら、不確実性の高い環境の中で成果を求められる職業です。
  • サッカーチームは、得点を挙げるフォワードだけでは成り立ちません。守備を担う選手、攻撃を組み立てる選手、危機を防ぐゴールキーパーなど、それぞれ異なる役割と強みをもつ選手が協力することで成果を上げます。研究においても、新しい研究のアイデアを生み出す人、実験や調査を設計する人、データを収集・分析する人、研究上の問題を解決する人、論文を書く人、共同研究を調整する人、研究費や研究倫理に関する手続きを支える人など、多様な役割によって成り立っています。すなわち、研究は、サッカーと同様に、「チーム競技」です。
  • サッカーでは得点した選手が注目されやすいように、研究では論文の筆頭著者、研究代表者、学会の基調講演者などに評価が集まりがちです。その一方で、研究手法を整備した研究者、若手を指導する研究員、実験設備を管理する技術職員、研究費や共同研究の運営を支える事務職員などの貢献は、外からは見えにくいことがあります。優れた研究成果は、ひとりの「スター研究者」だけによって生み出されるものではなく、それぞれのメンバーが異なる役割を担い、その能力を発揮できる環境があって初めて、研究チームとしての成果が生まれます。

【研究者から研究リーダーへの転換】

もう一つの重要な共通点は、現場で成果を上げる立場から、チームを率いる立場への転換です。プロサッカー選手が監督になると、選手を選び、育て、戦略を示し、チーム全体が能力を発揮できる環境をつくることが仕事になります。研究者も研究室のリーダーになると、自ら実験やデータ解析を行うことに加えて、研究の方向性を示すこと、研究費を確保すること、人材を採用・育成すること、予算を管理すること、メンバー間の調整を行うことなどが求められます。つまり、優れた研究リーダーは、研究業績が優れているだけで、メンバーを育て、安心して意見を述べられる環境をつくり、チームを適切に運営できるとは限りません。優れた研究チームと優れたサッカーチームには、個々の能力だけでなく、信頼、コミュニケーション、相互尊重、明確な役割分担、そして互いを支える文化が必要です。

【研究リーダーにも「コーチング資格」が必要か】

このNature Careersの記事に対して、アイルランドのUniversity College Corkに所属するPat Casey氏は、2026年8月、『Nature』のCorrespondenceに「研究室のリーダーもサッカーにならい、コーチング資格を持つべきである」と題するコメントを寄せました(文献2)。Casey氏は、サッカー界では、優れた選手であったという理由だけで監督としての能力が保証されるわけではなく、トップレベルのチームを率いるためには、リーダーシップや人材マネジメントについて学び、評価を受けることが求められると述べています。一方、研究の世界では、主として論文数や研究費の獲得などの研究業績に基づいてリーダーに昇進し、人材育成や組織運営の能力は、就任後に自然に身につくものと考えられがちです。しかし、研究室の運営には、人材育成、対話、役割分担、葛藤への対応、研究倫理、安全管理、心理的安全性*3 の確保など、研究上の専門知識とは異なる能力が必要です。これらを十分に学ばないままリーダーになれば、本人だけでなく、指導を受ける若手研究者やチーム全体がその影響を受ける可能性があります。Casey氏は、研究者が初めて人を率いる立場になった時点で、必要な研修と支援を提供することが重要だと主張しています。研修を受けたという事実だけで良い組織文化が生まれるわけではありませんが、少なくとも「教わる機会がなかった」という状況は避けることができます。

【より良い研究文化をつくるために】

これら二つの記事は、研究を「優れた個人同士の競争」としてだけではなく、多様な人々が協力するチーム活動として捉え直す必要性を示しています。研究機関には、論文や研究費などの成果だけでなく、若手研究者の育成、チームへの貢献、共同研究の促進、健全な研究環境づくりなども、リーダーの重要な役割として評価することが求められます。また、研究リーダー本人の努力に任せるだけでなく、組織としてリーダーシップやマネジメントを学ぶ機会を整備し、継続的に支援することも重要です。良い監督のもとで選手が能力を発揮できるように、良い研究リーダーのもとでは、若手研究者やさまざまな専門性をもつ職員が安心して意見を述べ、それぞれの強みを生かすことができます。そのような研究環境は、働く人々の身体的・精神的幸福だけでなく、研究の質、創造性、倫理性、そして社会への貢献にもつながると考えられます。研究は、ひとりで完結するものではありません。サッカーと同じように、それぞれの役割が尊重され、チーム全体が力を発揮してこそ、優れた成果が生まれるのです。

用語の解説

*1.研究リーダー
研究室や研究チームを率いる研究者を指す。Principal Investigatorの略で「PI」と呼ばれることもある。研究計画の立案や研究費の獲得だけでなく、人材の採用・育成、研究倫理、安全管理、予算管理、共同研究の調整などを担う。
求められる主な能力・姿勢として、i)研究内容を理解しつつ、細部の実務より「全体最適」を考える視点、ii)メンバーの意欲を引き出し、心理的安全性の高いチーム文化をつくるリーダーシップ、iii)不確実性の高い研究において、仮説設定・優先順位付け・軌道修正を行う判断力、などがある。
*2.Nature Career columns
科学誌『Nature』が提供する、研究者のキャリア形成や研究環境、研究室運営などに関する記事のシリーズである。研究論文ではなく、研究者やキャリア専門家による経験、意見、助言などを掲載している。
Nature Career columnは、 Natureのオンライン版にある「Careers」セクション内の一種のコラムである。研究者本人のキャリア経験、働き方、メンタルヘルス、多様性、仕事と生活の両立などをテーマにしたエッセイ形式の記事が多い。同じCareers内には、Career Feature(特集)、Career News(ニュース)、Career Brief(短報)などがあり、その一カテゴリがCareer columnである。Nature Careers全体は、科学者向けの求人・キャリア情報・アドバイスを提供するサービスで、その一部としてCareer columnが掲載されている。
*3.心理的安全性(Psychological safety)
チームの中で、質問、懸念、異なる意見、失敗などを伝えても、不当に非難されたり不利益を受けたりしないと感じられる状態を指す。研究上の問題やミスを早期に共有し、研究の質と安全性を保つうえでも重要である。心理的に安全なチームでは、メンバーは受け入れられ、尊重されていると感じ、より良い「職場での経験」に貢献する。集団力学やチーム学習において、効果が高いとされている。

文献1
Blackford S. The surprising career parallels between footballers and researchers. Nature. 2026;655:809–810.
文献2
Casey P. Lab leaders should follow football’s lead and have coaching qualifications. Nature. 2026;656:266.