わが国でも新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策によって就業が困難になった職種に負の影響が集中し、所得の低い層ほど経済的な打撃が大きいことが指摘されています(文献1)。COVID-19の感染者・死者の数が多い国として、米国、英国、フランス、イタリア、スペインがあげられます。これらの国では貧困層が貧弱な医療体制のなかで厳しい状況に置かれていることが共通点としてあげられ、これらの国と比べて所得格差が小さいドイツが相対的に感染者・死者とも少ないことが示されています(文献2)。米国では所得格差が人種差別と結びついていて、COVID-19でアフリカ系住人の自殺が増加したことを示すデータがJAMA Psychiatryに掲載されたので紹介します。
メリーランド州の主任検死官が、2017年1月1日から2020年7月7日までの自殺による1,079例の遺体の検死記録から人種と死亡日を抽出しました。調査期間を以下の3期に分けて解析しました。第1期:前コロナ期(2020年1月1日から3月4日)、第2期:都市封鎖期(2020年3月5日から5月7日)、第3期:都市封鎖解除期(2020年5月8日から7月7日)。なお、メリーランド州で感染第1例が発見され緊急事態宣言につながったのが2020年3月5日、公共スペースの使用許可が発令されたのが5月7日であるので、上記3区分の期日が決められました。
全1,079例の自殺のうち、2017年が289例、2018年が305例、2019年が249例、2020年が236例でした。第2期においてアフリカ系住民の自殺率は、2017年から2019年の同じ季節の1日当たり0.177±0.245例から0.344±0.541例と約2倍に増加 (P<0.01) したのに対し、白人では1.224±0.631例から0.672±0.837例と約半分に減少しました(P<0.001)。第3期においてアフリカ系住民の自殺率は、2017年から2019年の同じ季節の1日当たり0.29±0.336と比べて0.230±0.529と有意差はありませんでしたが、白人住民は1.126±0.618例から0.787±1.018例と有意に低下しました(P=0.03)。
これらの結果は、コロナウイルス感染拡大の時期に、メリーランド州のアフリカ系と白人の間で自殺のトレンドが逆方向だったことを示しています。なお、2017年から2019年までの期間と2020年を比較して、人口動態に変化はありませんでした。先行研究でも、経済、政策、教育などにおけるアフリカ系アメリカ人に対する差別が、彼らの精神と肉体の不健康と関連することが示されています(文献3)。米国では人種差別による教育、雇用、住居、クレジットカード、医療、司法制度における不平等が指摘されています。本研究でも、アフリカ系住民がCOVID-19によって突出して影響を受けたことが示されました。予期せず白人の自殺率が減少したのは、リモートワークと支援活動を受けられる能力の違いが反映した可能性が示唆されます。