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2021/1/26

新型コロナウイルスの新しい変異株について

文責:正井 久雄

B.1.1.7 あるいはVOC202012/01と名付けられたSARS-CoV-2ウイルスの変異体が英国で発見され、Public Health England (PHE)は、“Variant of Concern; VOC(憂慮すべき変異体)”と発表しました。ボリス・ジョンソン首相が、感染力が70%強くなっていると会見で強調し、新型コロナウイルスの新たな感染の増加の原因である可能性が示唆され、1月5日に全国的なロックダウンに至ったことから一躍世界中で新たな脅威となりました。レプリントリポジトリに公表されている論文によると、この変異体は、感染力は強いが、重症度の程度は従来のウイルスと同程度であるということです。

RNAウイルスであるSARS-CoV-2は、変異が高頻度で起こり、そのゲノムは変化し続けています。変異体の発生に伴い、感染性、重症化、薬やワクチンの開発などへの影響が問題となります。これまで同定されている変異の大部分は、生物学的な影響を及ぼさない、とるに足らないものであり、一つの単離ウイルスの中に共存して存在します。ウイルスは常に数多くの変異を起こしていることがわかります。

VOC202012/01変異

D614G型変異も含めてこれまで報告されているSARS-CoV-2の変異体に比較して、VOC202012/01変異は23個もの変異を有しています。これらの変異には次のものが含まれます。

  • N501Y(Spikeタンパク質の受容体結合ドメインの変異)
  • 69-70番目のアミノ酸の欠失(Spikeタンパク質)
  • P618H変異(Spikeタンパク質)

この変異型は英国において9月に最初に現れ、11月には感染者数の増加と関連していることが明らかになりました。『全国的な外出制限にも関わらずKentにおいて感染が増加しているのか調べていたが、この変異型が関与するクラスターが急激にLondonそしてEssexへと拡がっていった。』とPHEは述べています。

Imperial College London, the University of Edinburgh, PHE, the Wellcome Sanger Institute, the University of Birmingham, the COVID-19 Genomics UK(COG-UK)Consortium の研究者らが、この変異型についての解析をレプリントリポジトリに公表しています(しかし、まだ正式にpeer-reviewのプロセスを経ていません)。共同研究グループは、2020年10月から12月5日の間に集められた1,904個のVOC(Variant of Concern)の全ゲノムおよび48,128個のゲノムdataの統計的解析を行いました。変異型の検出にはS-gene target failure(SGTF)というPCR検査を用います。PCRによるSARS-CoV-2の検出にはORF1ab, N, S遺伝子の3箇所をそれぞれ標的として行うことが多いですが、この変異型ではS遺伝子上の21765-21770の部位が欠失しているため、この部分のPCRがnegativeになります。

この論文で著者らは、VOC202012/01が現れる頻度は、英国でこれまで流布していた系統より感染効率が高いことを示しており、新型変異では 従来の型に比較して実効再生産数(R;1人が何人に感染させるか)が、0.4-0.7増加していると結論してします。

若年層への影響

この報告では、20歳以下の集団において、VOC202012/01の感染が、非VOC202012/01型に比較して有意に増加しているとしています。この理由として研究チームは、VOC型の感染性の一般的な増加(特にロックダウンはされていたが、学校は開いていた時)、20歳以下の集団への感染性の増加、この年齢層における症状の顕著性(それによるテストを受ける人数の増加)などを挙げています。著者らは、新しい変異型は感染性がこれまでの型より高いかもしれないが、重症化の頻度が高いという証拠は得られなかったとしています。

新型変異は高い感染性を有するのか?

ロックダウンが宣言されたにも関わらず、高い感染率を示すdataが得られたことから、著者らは新しい変異型が高い感染性を持っている可能性を強調しています。しかし、市民一人一人がどれだけ接触を避ける行動を取ったかを正確に調べることは困難であり、感染の増大が変異型の流布によるものか?、あるいは人々の行動パターンによるものか?という疑問に答えるのは容易ではありません。論文の解析は12月5日までに収集されたサンプルに依存しており、これ以降のサンプルの解析結果が待たれます。

この論文はまだ、専門家の査読を終了しておらず、著者自身も認めている様に、解析されたサンプル数や仮定の上に構築された単純なモデルに依存する点など、解析としての限界もあります。数理統計学の専門家は、『新型変異体に関する、質の高い研究成果であるが、dataやモデルの複雑さゆえ、これらの結果の解釈には、さらに注意深い解析が必要である』と述べています。

また、SGTF法による解析は、新型変異の数を過小に評価する可能性があると述べています。なぜなら、S遺伝子の変異の多様性故、S遺伝子をCOVID-19の検出に用いていない研究室も多いからです。従って、この変異型は、今回報告されたより、もっと高い頻度で現れている可能性もあるということです。

ワクチンの効果への影響

現在英国では PfizerのBioNTech's BNT162b2 とUniversity of Oxford/AstraZenecaのChAdOx1 nCoV-19という2種類のワクチンの接種が開始されています。

VOC202012/01変異体は、ワクチンの効果に影響を与えるかという疑問が当然出るわけですが、現在のところその可能性を完全には否定できないものの、可能性は低いであろうというのが専門家の意見です。新型変異の変異部位の一つはN501Y変異であり、これは受容体結合ドメインの中に存在します。現在、研究者は、感染して回復したり、ワクチン接種された患者の血清の、この新型変異ウイルスに対する中和活性を測定し、変異がワクチン効果に及ぼす影響について解析を行っています。


Volz et al. Report 42 - Transmission of SARS-CoV-2 Lineage B.1.1.7 in England: insights from linking epidemiological and genetic data. Preprint at(https://www.imperial.ac.uk/media/imperial-college/medicine/mrc-gida/2020-12-31-COVID19-Report-42-Preprint-VOC.pdf). 2020.