コロナウイルスファミリーには、人間に季節性の感染(いわゆる風邪)をもたらす4種類の株、HCoV-229E、HCoV-NL63、HCoV-HKU1、HCoV-OC43 と重篤な症状を引き起こしたMERS-CoVとSARS-CoV が存在します。前者は、上気道に感染を引き起しますが、その症状は一般にごく軽微です。
Northern Arizona Universityの研究者らは、コロナウイルスの既感染による抗体が新型コロナウイルスの感染防御に役立つかを解析し、Cell Reports Medicine誌に報告しました1。
研究者らは、抗体のエピトープ(抗体が認識するアミノ酸)を網羅的に解析するため、PepSeqという方法を利用しました2。この方法では、DNAでbar-codeされた30merのエピトープペプチドライブラリーを作製し、血清中の抗体に結合するペプチドを濃縮し、DNA bar codeに基づいて、結合ペプチドを解析しました。
最初のライブラリーは、SARS-CoV-2に特化し、Spikeタンパク質とヌクレオキャプシドタンパク質由来の2,107ペプチドを含みます。ペプチドは、それぞれのアミノ酸が、38個の異なるペプチドに含まれるようデザインされています。2番目のライブラリーは、ヒトに感染することが知られているすべてのウイルス(季節性のHCoV-229E、HCoV-OC43、HCoV-NL63、HCoV- HKU1およびSARS-CoVとMERS-CoVを含む)のタンパク質を含む244,000個のペプチド、および373個のpositive controlを含みます。
新型コロナウイルスから回復した患者由来の55種類の血清と、SARS-CoV-2には感染していない人の69種類の血清を用いて、Pep-Seq法で解析しました。その結果、患者回復期サンプルはSARS-CoV-2(Spikeとヌクレオキャプシドタンパク質)に対するペプチドを多く検出しました。新型コロナウイルスから回復した患者と感染歴のない人の血清を比較し、前者では229個、後者からは95個のペプチドを同定しました。これらのうち、70個は両方のサンプルから検出され、Spikeタンパク質由来の10個のエピトープ領域、ヌクレオキャプシドタンパク質から9個のエピトープ領域を同定することができました。
交叉反応は、季節性のコロナウイルスに保存されるタンパク質領域に対する抗体産生で説明できます。SARS-CoV-2の反応性と、4種類の季節性のコロナウイルス株を含むライブラリーとの反応性を比較することにより、FP、HR2、N166の3種類のエピトープが、SARS-CoV-2との反応に強く関連していることが明らかとなりました。FPエピトープはSpikeタンパク質内にあり、alphaコロナウイルスと betaコロナウイルスの両者で強く保存されています。HR2エピトープはbetaコロナウイルスのグループの全てのメンバーであるSARS-CoV-2、SARS-CoV、HCoV-OC43 に保存されますが、alphaコロナウイルスであるHCoV-229Eには保存されません。ヌクレオキャプシドタンパク質に存在するN166エピトープは 季節性のコロナウイルスには保存されず、SARS-CoVにのみ保存されています。
これらの交叉性を持つ抗体は季節性のコロナウイルスのペプチドにも選択的に結合します。すなわち、過去のコロナウイルスへの感染が、SARS-CoV-2に対する抗体形成を促進し、限定している可能性が示されました。さらに、これらの領域を標的とすることにより、広くコロナウイルスを認識し中和する抗体を開発できる可能性が示唆されます。多くの人の体内には、すでに季節性コロナウイルスに対する抗体が存在し、新型コロナウイルスの感染により、その抗体を『目覚めさせた』のかもしれません。
このように、新形コロナウイルス感染によりこれらの共通エピトープに対する抗体が多く作られるのは、HCoV- OC43やHCoV-229Eなどの季節性コロナウイルスへの感染経歴が、これらの共通エピトープへの反応を活性化したからと考えられます。今回発見されたSpikeタンパク質内のHR2やFP といったエピトープサイトを抗原として含むことにより、すでに存在するメモリーB細胞の活性化を通して、より効率よく、効果的な抗体産生を誘導できるワクチンや抗体治療が可能になるかもしれません。またこれらのエピトープは、コロナウイルス全般に対する、交叉性の高い中和抗体産生のための良い候補部位となります。
さらに、今回の発見により、新型コロナウイルス感染に対して個々人がどのように反応するか(重症化するか否かなど)は、過去の季節性コロナウイルスの感染に対する抗体反応の状況により、影響を受ける可能性が示されました。