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2021/2/12

新型コロナウイルスの変異は感染を助長しないが、抗体による治療効果を減弱させる

文責:正井 久雄

SARS-CoV-2は変異し続けます。生じる変異が、どのように抗体による免疫反応を回避するのかを理解することは、ワクチン開発や抗体による予防や治療を進める上で重要です。今回、Cell誌に発表された論文では、receptor-binding motif(RBM)と呼ばれるSpikeタンパク上の部位の変異が、ウイルス特性、臨床症状、治療抗体に対する抵抗性などに及ぼす影響が詳細に解析されました。

RBMは、receptor-binding domain(RBD)の一部であり、ウイルスの侵入に関与し、中和抗体の主要な標的です。この領域はSpikeタンパク質の中で高度に変化しやすい部分で、変異の中のトップ10%を占めます。RBMはウイルス受容体ACE2結合を損なうことなく、アミノ酸変異を許容することができます。

RBM近傍の変異が受容体との相互作用やウイルス特性に及ぼす影響

研究グループは、2020年にスコットランドで発見されたRBM近傍のN439K変異を解析しました。この変異はこれまでに30カ国以上で同定され、RBD変異の中で2番目に、Spike変異の中でも6番目によく見られる変異です。SARS-CoVのRBMは、正に荷電したアミノ酸によりウイルスの受容体ACE2とイオン性相互作用をすることから、SARS-CoV-2の変異型も同様な相互作用をする可能性が想定されました。そこでN439K型RBDとACE2の複合体のX線構造解析を行なった結果、塩基性アミノ酸であるリジン(K)を介したイオン性相互作用が確認され、変異により受容体との相互作用が増加する可能性が示されました。

次に研究者らは、N439K変異体のウイルスとしての『機能』について調べました。この変異は野生型のウイルスに比較して、少しだけ高いウイルス増殖能を生体内で示しますが、疾患の症状にはほとんど変化は観察されませんでした。

変異が抗体による免疫作用に及ぼす影響

最後に、研究チームは、N439K 変異が抗体による免疫作用を回避する可能性を調べました。442人の感染から回復した患者のモノクローナル抗体あるいはポリクローナル血清を調べました。その中にはSARS-CoV-2 N439K 変異ウイルスに感染した患者の抗体も含まれます。6.8%のテスト血清において、N439KのRBDへの結合が2倍以上低下していました。さらに、感染から回復した患者由来の140個のモノクローナル抗体を調べました。これらは、RBDを標的とする抗体パネルであるとともに、すでに、臨床試験に入ったか、緊急の使用が許可されている治療用抗体パネルです(REGN10933, REGN10987, LY-CoV555, 及び S309)。全体として16.7%のモノクローナル抗体が、N439Kの変異に対して2倍以上の結合の減少を示しました。ACE2および、3個の構造的に異なるRBDエピトープの抗体との競合実験から、N439K変異に感受性を示すモノクローナル抗体は一つのエピトープ(S2H14/site I;RBMと重なっている)に集中していました。これはN439K 変異がRBMの近傍に存在することと合致しています。

さらに、FDAにより認可されたモノクローナル抗体(2種類の抗体のカクテルであるLY-CoV555に含まれる)の偽ウイルスに対する中和活性は、N439K変異により失われました。これにより、一つの抗体活性が失われるため、この抗体治療の効果は、半減する可能性があります。

今後の展望

研究者らは、モノクローナル抗体による抗ウイルス作用を回避できる変異体の影響を出来るだけ抑制するため、回避をしにくいエピトープ、例えばRBM以外の領域の保存された領域をエピトープとするモノクローナル抗体を開発すべきであること、あるいは、患者が抵抗性を持つ変異体ウイルスを有するかどうか治療前に検査すべきであると述べています。

新型コロナウイルスの研究の上で、塩基配列情報がまだ少ないことも問題です。9,000万人が感染したのにも関わらず、35万のウイルス誘導体の配列が決定されたのみです。たったの0.4%にも満たず、ほんの氷山の一角と言えるでしょう。今後、広くウイルスを解析し、変異のメカニズムを理解すること、そして現在流布している変異型や、将来現れると予想される変異型が、抵抗性を示しにくい治療法を開発することが必要になることを示しています。


Emma C.Thomson et al., Circulating SARS-CoV-2 spike N439K variants maintain fitness while evading antibody-mediated immunity Cell.