新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け

2021/2/22

改善可能なライフスタイル要因と新型コロナウイルス感染症の重症化
(メンデルランダム化解析)
-肥満や喫煙(総喫煙量)は新型コロナウイルス感染症の重症化のリスク因子となる-
-日常の身体活動の活性化が重症化を防ぐ可能性がある-
-アルコールの消費量と重症化に関連性は認められなかった-

文責:宮川 卓

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)重症化の原因となるライフスタイル要因が、ゲノム情報を用いたいわゆるビックデータの解析により明らかにされました(引用文献1)。

肥満や喫煙などは、私たちの健康に関わるライフスタイル要因としてよく知られています。これまでにCOVID-19の重症化の原因となるライフスタイル要因を探索した観察研究は数多くあります。肥満と重症化には相関があることが報告されています。喫煙に関しては、重症化のリスクになるか、議論の余地があります。喫煙が重症化のリスクを上昇させるとの報告が数多くある一方、少々予想外ですが現在喫煙している人は重症化のリスクが逆に低いとの報告も複数ある状況です。これらは主に観察研究から得られた結果でした。観察研究は因果関係を明確にすることができず、本当の原因であるか確定できないことが、大きな課題です。

この観察研究の課題を解決するために、近年メンデルランダム化解析が注目されています。なぜ、メンデルランダム化解析が病気の原因を明らかにできるかの仕組については、COVID-19の重症化に関わる人の遺伝要因の第2報でも記載しましたので、できましたらその記事もあわせて読んで頂けると幸いです。

今回、論文の筆者はライフスタイル要因がCOVID-19の重症化の原因であるかを解明するために、このメンデルランダム化解析を行いました。対象となるライフスタイル要因として、体重と身長から算出される肥満度を表す指標であるBMI(Body Mass Index)、総喫煙量、日常生活における身体活動量及びアルコール消費量が解析されました。研究方法のイメージを図1に示します。まず必要な情報が、ライフスタイル要因と確実に関連する遺伝子変異(SNPなど)になります。これに間違ったもの、つまり各ライフスタイル要因と本当は関連しない遺伝子変異が含まれていると、メンデルランダム化解析が成り立ちません。そこで論文の筆者は、ビックデータを用いたゲノム解析で、ライフスタイル要因と確かに関連があると認められたものだけを選択しました。解析された被験者数は、BMIのゲノム解析では約68万例、総喫煙量は約46万例、身体活動量は約9万例、アルコール消費量は約94万例となります。身体活動量の解析は少し被験者数が少ないように思われますが、腕時計型の加速度計を用いて、測定された身体活動量(7日間)になりますので、客観性の高い解析であると考えられます。

図1 メンデルランダム化解析のイメージ

図1. メンデルランダム化解析のイメージ
ライフスタイル要因とCOVID-19の重症化の双方に関わる要素X(交絡因子)が、存在するとします。そのためライフスタイル要因とCOVID-19の重症化だけを単純比較した場合、この交絡因子の影響を取り除くことができません。例えば架空の話をしますが、ある食べ物Xを多く摂取することが、肥満のリスクにもなり、COVID-19重症化のリスクともなるとします。その場合、肥満が重症化のリスクでないとしても、見かけ上肥満と重症化には関係があるようになってしまいます(この食べ物Xが交絡因子となります)。
しかしSNPなどの遺伝子変異は、子孫にメンデルの法則に従ってランダムに配分されます。そのため、遺伝子変異のタイプと交絡因子の間に関連はありません。つまり遺伝子変異のタイプで食べ物Xを多く摂取するか、少なく摂取するか、差がないというイメージです。そこで、ライフスタイル要因と関連する遺伝子変異と、COVID-19の重症化との関連を評価することで、交絡因子の影響を受けることなく、ライフスタイル要因が原因となるか解析することができます。

COVID-19の重症化のゲノム解析では、重症患者約3000例と対照群として約28万例(一般集団)を比較した結果を用いました。次に、それぞれのライフスタイル要因に関わる遺伝子変異が、COVID-19の重症化においても関連するかメンデルランダム化解析を行いました。イメージとしては、例えばBMIに着目するのであれば、BMIの上昇と関連する遺伝子変異タイプを持つ人と持たない人で、COVID-19の重症化率を比較する形となります。解析の結果、やはりBMIの上昇(肥満度の上昇)や総喫煙量が増えることが、COVID-19の重症化のリスク因子となることがわかりました。さらに、身体活動の活発度が高いと、COVID-19の重症化が低いことも判明しました。一方、アルコール消費量に関しては、COVID-19の重症化の原因となる確かな証拠は見出せませんでした。また、COVID-19により入院した患者約6500例と対照群約100万例(一般集団)による解析でも、ほぼ同様の解析結果が再現されました。今回COVID-19の重症化との関係がわかったライフスタイル要因は、いつでも改善が可能なものです。私もこの論文を読んで、運動などで身体活動を活性化させ、体重を増加させないよう、健康に気をつけていきたいと思いました。

しかし、今回の研究で対象となった人も、やはりその多くがヨーロッパ系集団の人でした。そのため、ヨーロッパ系以外の集団では、異なる結果が導かれる可能性はあります。例えばアルコール消費量に関しては、アジア人はアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)の遺伝子変異が高い頻度で認めら、この変異アリルを持つ人はお酒があまり飲めないことは良く知られています。そのため、ALDH2の変異は、その他のアルコール消費量に関わる変異に比べ、効果がとても強いです。しかし、ヨーロッパ系集団の人でこの変異を持つ人はほとんどいません。つまり、今回の論文の解析では、このALDH2の変異の影響は評価されていないことになります。ヨーロッパ系集団ではアルコール消費量がCOVID-19の重症化の原因でないことが示唆されますが、アジア人ではどうなのかは、ALDH2の変異を含めてメンデルランダム化解析が行われるべきと考えられます。そのためにも、ヨーロッパ系以外の集団のCOVID-19のゲノム研究がより推進されることが必須となります。


引用文献1
Shuai Li and Xinyang Hua, Modifiable lifestyle factors and severe COVID-19 risk: a Mendelian randomisation study. BMC Medical Genomics (2021). 14(1):38. doi: 10.1186/s12920-021-00887-1.