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研究者向け

2021/3/8

SARS-CoV-2感染に関与する、新しい分子経路を発見

文責:正井 久雄

細胞の中では、多くのタンパク質分子は他のタンパク質、あるいは核酸、あるいは、脂質などと多様な相互作用をしつつ、生命機能を営んでいます。これらの相互作用はタンパク質上の特徴的な機能ドメインが担うことが知られています。そしてそれらのドメイン上には、保存されたアミノ酸配列モチーフが存在する場合があります。このようなモチーフを見出すことにより、これまで知られていない分子間相互作用を発見することが可能です。そして、それによりタンパク質の未知の機能や、作用機序の発見に至ることがあります。一方、ウイルスはこれらのタンパク質相互作用を横取りして、自分の増殖に都合の良いように利用していることが明らかになっています。

2月12日のScience Signaling 誌に European Molecular Biology Laboratory (EMBL) 、Universidad Nacional de San Martín in Buenos Aires、Merck そしてUniversity College Dublinの研究者らにより報告された研究成果から、SARS-CoV-2ウイルスの感染に重要な役割を果たす可能性のある細胞因子が明らかになりました(文献1)。

Integrinは細胞吸着受容体として、多くのウイルスに細胞侵入に利用されています。Integrinはシグナルを両方向に刺激できる点でユニークです。すなわち細胞外リガンドが細胞内シグナルを誘導できるだけではなく、細胞内テイル領域を介した細胞内相互作用がリガンドの結合に影響を与えます。

多くのウイルスは、受容体媒介エンドサイトーシス(飲食作用)という方法で細胞内に侵入します。ウイルスタンパク質のアミノ酸配列中には、RGD(アルギニンーグリシンーアスパラギン酸)などの線状小モチーフ(short linear motifs; SLiMs)が存在する場合があります。RGD配列はintegrinと相互作用します。ウイルスは、これら各種のSLiMsを介して宿主細胞の細胞プロセスを横取りします。Integrinは、各種のウイルスの細胞内への取り込みを促進する可能性があります。

SARS-CoV-2は、ACE2(angiotensin-converting enzyme 2)をその受容体として宿主細胞に結合することはよく知られています。しかし、SARS-CoV-2が感染する主要な臓器である肺でのACE2の発現レベルは低いことから、ACE2のみでは、SARS-CoV-2が効率よく感染して、肺に疾患を誘導することは困難であろうと想像されていました。

SARS-CoV-2のSpikeタンパク質上にもRGDモチーフが存在するので、SARS-CoV-2もintegrinを共受容体として、細胞への感染に利用している可能性が示唆されました。

研究者は、eukaryotic linear motif(ELM)resourceというデータベース(http://elm.eu.org/ )を用いてACE2とintegrinの中に、SLiM候補を探索し、SARS-CoV-2の細胞侵入に関与する因子の同定を試みました。その結果、ACE2の中のSrc family kinases(SFK)Src Homology 2(SH2)-結合モチーフ、adapter protein(AP)µ2-結合モチーフやintegrin β3上のphospho-LC3-interacting region(LIR)などのSLiMが同定され、エンドサイトーシス=オートファゴソーム系の関与が示唆されました(文献2)。コロナウイルスは、オートファジー系も利用し、二重膜の中にRNAゲノムを閉じ込めて、自然免疫から身を守ろうとしている可能性があります。

SLiM相互作用を標的とした創薬

SARS-CoV-2はACE2とintegrinをハイジャックし、SLiMとともに、ウイルス接着、侵入、複製を促進していることが明らかになってきました。これを利用してエンドサイトーシスとオートファジーを障害する薬剤を同定し、それらの抗ウイルス作用を調べています。Integrinの選択的阻害剤であるcilengitideは、ウイルス感染の阻害に有効であること、integrin抗体であるabituzumab(DI-17E6)もウイルス侵入を阻害する効果があることが示されました。また、integrin阻害剤のGSK3008348はマウスの肺線維症モデルに対して有効であることも示されました。


文献1
Mészáros B, Sámano-Sánchez H, Alvarado-Valverde J, Čalyševa J, Martínez-Pérez E, Alves R, Shields DC, Kumar M, Rippmann F, Chemes LB, Gibson TJ. Short linear motif candidates in the cell entry system used by SARS-CoV-2 and their potential therapeutic implications. Sci Signal. 2021 Jan 12;14(665):eabd0334. doi: 10.1126/scisignal.abd0334. PMID: 33436497.
文献2
Kliche J, Kuss H, Ali M, Ivarsson Y. Cytoplasmic short linear motifs in ACE2 and integrin β3 link SARS-CoV-2 host cell receptors to mediators of endocytosis and autophagy. Sci Signal. 2021 Jan 12;14(665):eabf1117. doi: 10.1126/scisignal.abf1117. PMID: 33436498.