2021/4/16
新型コロナウイルス感染では、初期の感染状態から、炎症性因子の蓄積による全身性炎症へと進行します。SARS-CoV-2感染は、インターロイキン6、インターロイキン1β、腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor alpha)、さらにC-X-Cモチーフケモカインリガンド(CXCL)8、9、and 10やC-Cモチーフケモカインリガンド2などの炎症性サイトカインの過剰活性化をもたらすことが知られています。
SARS-CoV-2感染の病態生理学は完全には解明されていませんが、これらの過剰活性化された炎症性サイトカインが、組織の損傷、臓器の機能破綻を引き起こし、そして最終的に死をもたらすと考えられています。したがって、感染時に誘導される遺伝子発現変化を抑制することは、感染に付随する過剰炎症を抑制し、有効な治療戦略となる可能性があります
米国Mount Sinai病院の研究グループを中心とする国際的な共同研究グループは、遺伝子発現を制御する化学修飾(エピゲノム)を標的とした、新型コロナウイルス感染症の新しい治療法を考案しました。
Cell誌に発表されたこの論文の著者らは、これまでに、炎症関連遺伝子の発現制御にクロマチン制御因子が重要な役割を果たすことを明らかにしていました。感染が、宿主細胞のエピゲノム制御やクロマチン構造をどのように変化させるかは明らかになっていませんでしたが、これらのクロマチン因子を標的とすることにより、感染時の炎症関連遺伝子の誘導を抑制できるのではないかと考えました。
研究グループは、まずウイルス感染が、宿主のクロマチン構造をどのように変化させ、その結果、遺伝子発現に影響を与えるかを明らかにするため、HiC解析*を行いました。この方法は、細胞の核内での染色体の相互作用を決定する方法です。これにより、ウイルス感染によりクロマチン構造が、広範かつ局所的に変化することが明らかになりました。特に、Histone3の27番目のリジンのアセチル化が大きく変化することがわかりました。ヒストンのこの化学修飾は、遺伝子が活発に読み出されている状況を示すエピゲノム変化の一つです。研究グループは、感染により、炎症関連の遺伝子と、その発現を制御する『分子スイッチ』領域との3次元上の連結構造が大きく変化し、染色体高次構造の再編成を誘導し、それが、炎症反応を誘導する遺伝子発現変化を引き起こすと結論しました。
次に、クロマチン因子がSARS-CoV-2感染に対抗することができるかどうかを検証するため、研究者らは宿主のトポイソメラーゼI**に着目しました。トポイソメラーゼIは、感染により誘導される遺伝子の活性化に要求され、ウイルスや細菌感染時の炎症遺伝子プログラムを制御することが知られていました。
動物実験で、米国食品医薬品局(FDA)により承認されている、癌治療に使用されるトポイソメラーゼI阻害剤の一種であるトポテカンはSARS-CoV-2ウイルスに感染した細胞の炎症遺伝子の発現を抑制しました。ハムスターのモデル感染系でもトポテカンは遺伝子発現を抑制しました。さらに、トポイソメラーゼ阻害剤は、動物モデルで炎症遺伝子を広範かつ、系統的に不活性化することができることが示されました。トポテカンは、マウスにウイルス感染後4−5日にわたって投与された場合、症状の程度も、致死率についても大きく改善しました。さらに、感染後、数日経ってからトポテカンを投与した場合でも、感染マウスの肺の炎症遺伝子活性化を抑制することがわかりました。
今後、トポイソメラーゼI阻害剤が新型コロナウイルス感染の重症化患者の治療戦略となりうるかが臨床研究により検証される予定です。トポテカンの有利な点は、すでにFDAにより承認されている薬剤で、その安全性は、証明されていること、また誘導体も安価に調製できる点です。臨床検査で承認されれば、先進国のみでなく、発展途上国における新型コロナウイルス治療薬として直ちに利用できる可能性があります。