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2021/8/24

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と嗅覚障害;最近の研究

文責:橋本 款

COVID-19の初期症状として嗅覚・味覚障害を高率に(~40%)伴うことはよく知られていますが、その病理学的なメカニズムや臨床的な時間経過などは必ずしも明確ではありません。これらの問題をよりよく理解することは、治療開発において重要だと思われます。したがって、今回は、急性期のCOVID-19患者、ハムスターのSARS-CoV-2感染モデル、および、罹患後のCOVID-19患者からサンプリングした臭上皮・臭球を解析してこれらの問題にアプローチした論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Dias del Melo, G. et al., COVID-19–related anosmia is associated with viral persistence and inflammation in human olfactory epithelium and brain infection in hamsters, Sci Transl Med 2021 Jun 2;13(596):eabf8396.


背景・目的

軽度のCOVID-19において臭覚・味覚の機能障害はよく見られ、その神経障害の病態生理学的メカニズムを理解する必要がある。

方法

  • 臭覚の急性喪失を呈するCOVID-19の患者、および、COVID-19に関連する持続的無臭覚症を示す患者から臭上皮を採取し、ウイルス学的、分子的、細胞的研究を実施した。
  • さらに、ゴールデンハムスターにSARS-CoV-2を感染させて急性無臭覚症と味覚消失を誘発し、臭上皮・臭球の解析を行なった。

結果

  • COVID-19の患者において、臭上皮におけるSARS-CoV-2複製は局所の炎症と関連していた。
  • 持続的無臭覚症を示す患者の臭上皮のサンプリングからは、長期の炎症とともにウイルスの転写物、SARS-CoV-2の感染細胞の存在が明らかに認められた。
  • SARS-CoV-2がゴールデンハムスターに急性無臭覚症と味覚消失を誘発し、ウイルスが臭上皮と臭球に残っている限り持続することが示された。

結論

臭覚神経上皮におけるSARS-CoV-2の持続性、および、関連する炎症は、臭覚の喪失などのCOVID-19の長期、または、再発症状の原因となる可能性があり、この疾患の最適な管理のために考慮する必要がある。

多くの論文は半年から1年以内にはCOVID-19の治癒後に嗅覚障害は改善・消失すると報告しており、そのうち代表的なもの(文献2)を紹介致します。


文献2.
Renaud M. et al., Clinical Outcomes for Patients With Anosmia 1 Year After COVID-19 Diagnosis., JAMA Netw Open 2021 Jun 1;4(6):e2115352.


目的・方法

COVID-19における臭覚異常の臨床経過・予後を明らかにするため、COVID-19関連の無臭覚症患者(97人)のコホートを1年間追跡し、主観的評価に加え、臭覚機能の客観的評価(精神物理学的検査;the threshold and identification tests; Sniffin’ Sticks Test; Burghardt)を繰り返し実施した;51人は主観的評価、および、客観的評価、46人は主観的評価のみ。(2020年6月から2021年3月まで)。

結果

  • 4ヶ月後、51人中、23人は完全回復を、27人は部分回復を、1人は回復しなかったという主観的評価を報告した。精神物理学的検査では、完全回復を報告した23人は全員正常、部分回復を報告した27人中19人は部分的回復が見られた。
  • 主観的客観的評価により臭覚喪失が持続する8人の患者は、8ヶ月後に追跡調査され、そのうち6人が正常になった。
  • 2人の患者は1年後にも無臭覚症が持続した。
  • 主観的評価のみを受けた46人の患者のうち、13人は4ヶ月後には満足のいく回復を、残りの33人も12ヶ月後に回復したと報告した。

結論

以上の結果をまとめると、COVID-19関連の持続性無臭覚症は1年でほぼ回復する優れた予後を示すと言ってよいと考えられる。

嗅覚機能の低下は、アルツハイマー病やパーキンソン病など、神経変性疾患においてもよく見られ、これらのメカニズムとSARS-CoV-2の感染による嗅覚障害のメカニズムとの間に何らかの関係があるのか、特に、COVID-19がこれらの神経変性疾患の病態を促進するのかなど興味深いところです。現時点では治療法の無い両疾患にこのような理解は有効かも知れません。


文献1
Dias del Melo, G. et al., COVID-19–related anosmia is associated with viral persistence and inflammation in human olfactory epithelium and brain infection in hamsters. Sci Transl Med 2021 Jun 2;13(596):eabf8396.
文献2
Renaud M. D et al., Clinical Outcomes for Patients With Anosmia 1 Year After COVID-19 Diagnosis. JAMA Netw Open.2021 Jun 1;4(6):e2115352.