新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の症状は、無症状から重症化する人まで個人差が大きいことがよく知られています。重症化を抑えるのに有効な薬剤を開発するためには、そのメカニズムのより深い理解が不可欠です。これまで、COVID-19のモデルに関しては、Vero細胞やオルガノイドを含む培養細胞やハムスター等の実験動物が用いられていますが、必ずしも、この問題のアプローチに適しているとは言えませんでした。今回は、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)のグループより発表された人工多能性幹細胞 (induced pluripotent stem cells: iPS) を用いて検討した論文を紹介致します(文献1)。
個々の遺伝的背景の相違は、COVID-19の重症度の違いを生む主要な原因の一つである。ヒトiPS細胞はあらゆる個人から樹立可能であり、元のドナーの遺伝情報を引き継ぐことから、ヒトiPS細胞がSARS-CoV-2感染モデルとして使用して、SARS-CoV-2感染の個人差を体外で再現できるのではないかと期待する。
SARS-CoV-2は未分化ヒトiPS細胞には感染しないことから、アデノウイルスベクター(Adベクター)を用いてSARS-CoV-2受容体アンギオテンシン変換酵素2(ACE2)を発現したヒトiPS細胞(ACE2-iPS細胞)を作製し、未分化ヒトiPS細胞においてもSARS-CoV-2が高効率に感染・複製できるようにした。
ACE2-iPS細胞はSARS-CoV-2感染の個人差を再現できるだけでなく、遺伝的背景の相違によるCOVID-19の個人差の原因を明らかにするツールとして有用である。
最近の研究によるとコロナウイルスのパンデミックは数万年前から起きておりウイルスとヒトなどの宿主の関係は進化の過程で適応したと考えられます。それにしても、単細胞生物からから多細胞生物に進化したのが約10億年前、最終的に人類が誕生したのが約20万年前とすると、現代の人の個人差が、進化レベルに関しては10億年前に相当すると思われる細胞レベルの実験結果にどれほど反影されるのだろうかという疑問が起きます。実際、イン・ビトロの実験結果などから治療薬として期待されていた抗ウイルス薬「レムデシビル」のCOVID-19の臨床試験は失敗に終わったようです。感染症に限らず、癌や神経変性疾患など、他の分野においても、まず、細胞レベルの実験が行なわれることが多いので、このことは一般的な問題と言えるでしょう。