新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

研究者向け

2021/10/26

新型コロナウイルス感染症の重症化と弧発性アルツハイマー病の遺伝的連鎖

文責:橋本 款

以前に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化に弧発性アルツハイマー病(sAD)の危険因子であるApolipoproteinE4遺伝子がリンクすることが認められたという論文を紹介しましたが,その後、再現性のある結果が報告されなかったこともあり、COVID-19とsADの関連性に関しては否定的な見方がありました。他方で、COVID-19の炎症が神経血管ユニットの障害を引き起こし、神経変性疾患や脳血管障害を含む多くの病態を促進する可能性を示唆する組織学的な報告など、COVID-19とsADの関係を決めかねる状態でした。ミクログリアの炎症を制御するOAS1遺伝子のSNPがsADとCOVID-19の重症化にリンクすることが示されたことでこの問題の決着はつくのですが、今回はそれに関連した論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Naciye Magusali et al., A genetic link between risk for Alzheimer's disease and severe COVID-19 outcomes via the OAS1 gene., Brain, 2021; DOI: 10.1093/brain/awab337


背景・目的

以前に、ミクログリアにおけるトランスクリプトームのネットワーク解析を行なった結果、oligoadenylate synthetase 1 (OAS1)遺伝子がsADのリスクの一因となることを見いだしていたが、ミクログリアにおけるOAS1の機能は不明であった。これを明らかにするのが、本プロジェクトの目的である。

方法・結果

  • sAD 1,313人、対照群1,234人のOAS1遺伝子一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism; SNP)のgenotypeを決定し、rs1131454(A)及び、rs4766676(T)がsADにリンクするのを確認した。
  • また、rs10735079(A)及び、rs6489867(T)が重症のCOVID-19にリンクし、OAS1遺伝子の発現が有意に低下していた。最近、同じOAS1座位がCOVID-19にリンクすることが報告されている(文献2)。
  • sAD患者とCOVID-19患者より得られた骨髄細胞を用いてシングルセル(sc)RNAシークエンス、ネットワーク解析を行った結果、OAS1遺伝子を含むインターフェロン(IFN)応答性遺伝子群の発現が加齢、及び、両疾患において増加しているのが判明した。
  • ヒトIPS細胞をミクログリアに分化させて、siRNAでOAS1遺伝子の発現を低下させるとIFN-γ刺激によるTNF-αの発現が過剰になることが観察された。

結論

以上の結果から、重症のCOVID-19ではOAS1遺伝子の発現が低下し、炎症が増悪する機序が推定された。また、sADとCOVID-19の重症化はOAS1を通してリンクすることがわかり、これは、将来的に両疾患の治療やバイオマーカーの開発に役立つ知見であると思われた。

文献2.
Erola Pairo-Castineira, Genetic mechanisms of critical illness in COVID-19 Nature volume 591, pages 92–98 (2021)


まとめ

英国各地の病院のICUに収容されたCOVID-19重篤患者2,244人から遺伝型データを収集し、英国バイオバンクのデータ(対照群)を用いてゲノム規模関連の研究を行った。その結果、以前報告された3番染色体の1座位に加えて、新たに4つの座位の再現性が確認され、これらの座位には、OAS遺伝子クラスター、TYK2DPP9IFNAR2が含まれた。

全ゲノム規模の研究、genotypingに加え、scRNAシークエンス、ネットワーク解析やiPS細胞などの最先端の技術を駆使して出した結果に文句の入る余地はありませんが、老年疾患に伴う炎症に関連した現象が進化の過程で形成されたとは考えにくいので、以前にお伝えしましたように、ヒトの老化が存在しなかったはずの古代からコロナのパンデミックがあったと推定されること、また、老年期と異なり、炎症は、若年・生殖期には有益な現象であるとすれば、若年・生殖期にはアミロイドやOAS1の有益な生理的作用が現代人では、老年期にantagonistic pleiotropyとして現れるのではないかと思います。


文献1
Naciye Magusali et al., A genetic link between risk for Alzheimer's disease and severe COVID-19 outcomes via the OAS1 gene., Brain, 2021; DOI: 10.1093/brain/awab337
文献2
Erola Pairo-Castineira, Genetic mechanisms of critical illness in COVID-19 Nature volume 591, pages 92–98 (2021)