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2022/1/17

COVID-19の経口治療薬

文責:橋本 款

すでに御存知だと思いますが、ついに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の「経口治療薬」が登場しました。米食品医薬品局(FDA)は昨年末に、Pfizer社製の経口薬「パクスロビド」、Merck社製の「モルヌピラビル」に対して緊急使用許可(EUA)を出しました(それぞれ2021年12月22日, 同23日付)。我が国においても、これらの「経口治療薬」は、すぐに特例承認されました。これにより、COVID-19のハイリスク患者に自宅療養型の治療薬として利便性の高い治療の選択肢が広がり、重症化を防ぐ効果が期待されます。メディアからの知識だけでなく、科学論文を通して理解する事が必須だと思いますので、今回は、これら2種類の経口薬について解説したNat Rev Drug Discovの論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Megan Cully, A tale of two antiviral targets — and the COVID-19 drugs that bind them, Nature Reviews Drug Discovery 21, 3-5 (2022)


FDAはCOVID-19の最初の経口抗ウイルス薬として、Pfizer社のパクスロビド、および、Merck社のモルヌピラビルのEUAを発行した。これら経口抗ウイルス薬は、耐性の原因となるウイルス変異の影響を受けにくい。例えば、抗体は変異の起こりやすいスパイクタンパク質を標的とし、最近発見されたオミクロン変異株では、スパイクタンパク質に30カ所以上の変異が起きている。それに対して、パクスロビド、および、モルヌピラビルが標的とするタンパク質部分にはそれぞれ1つしか変異が起こっていない

【2種の経口抗ウイルス薬の作用機序】

#1. メインプロテアーゼ(Mpro)阻害薬

SARS-CoV-2は、複製中に長いポリペプチドを合成し、これを切断してウイルスの構成タンパク質にするが、この切断を行うのがMproであり、Mproを阻害することで、ウイルスが複製に必要なタンパク質を生成できなくなる。Mpro阻害薬の中で最も開発が進んでいるのがPfizer社のパクスロビド(Nirmatrelvir/Ritonavir)である (Ritonavirは、チトクロムP450を阻害することによってNirmatrelvirの代謝を遅らせるため、Nirmatrelvirの血中濃度を維持する目的で用いられる)。患者1,219例を対象とした治験の中間解析では、発症後3日以内にパクスロビドを投与した場合、患者の入院、または、死亡を89%減少させた。

#2. RNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)阻害薬

RdRpはウイルスタンパク質の翻訳および自己複製のためのRNAを生成するウイルス 酵素である。RdRpの構造は、ウイルスの種類を問わずよく保存されており、Giliad社のRdRp阻害薬であるRemdesivirは、この広域スペクトルを利用したものである。

Remdesivirを含むRdRp阻害薬のほとんどは、伸長するRNAにウイルスが薬剤を取り込むことで伸長プロセスを停止させる。しかし、モルヌピラビルのメカニズムはそれとは異なり、RdRpによりウイルスRNAに同薬が取り込まれても伸長は止まらず、モルヌピラビルを含むRNAを鋳型として再利用することで、再びモルヌピラビルに遭遇したとき、誤った塩基を新しいウイルスRNAに組み込む。変異はサイクルを重ねるごとに蓄積され、ウイルスの死に至る。患者1,433例を対象としたモルヌピラビルの治験の結果では、発症後5日以内に投与した場合、患者の入院または死亡を30%減少させた。

臨床試験の結果をみると、重症化を防ぐ効果がモルヌピラビルの30%に対し、パクスロビドは約90%と差が大きいので、Pfizer社が有利かもしれません。また、モルヌピラビルは、ウイルスRNAの変異を誘発させる働きがあるため、ウイルスの進化を加速させる、すなわち、変異株を増やす可能性が懸念されます。さらに、モルヌピラビルは、遺伝情報に変異を起こす働きがあるため(Ames試験で変異原性が示され、ラット胎仔でも変異を誘発した)、胎児に影響を及ぼす可能性があるとして、妊婦や、妊娠の可能性がある女性は服用の対象外となります。

しかしながら、パクスロビドにも問題が無いわけではありません。パクスロビドは、1回につき2種類の薬を服用しますが、そのうちの1種類は、薬剤の成分が体内で代謝されたり体外に排出されたりする速度を抑制する(特に肝臓のチトクロムP450の働きを抑える)ので、同じ酵素で代謝される薬を服用している人では、いつもの薬の効果が強く出過ぎる可能性があり要注意です。結局、治験レベルの話はどうなるかわからないので、成り行きを見守るしかありません。


文献1
Megan Cully, A tale of two antiviral targets — and the COVID-19 drugs that bind them, Nature Reviews Drug Discovery 21, 3-5 (2022)