新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

研究者向け

2022/2/14

SARS-CoV-2レプリコンおよびreplicon delivery particlesの開発

文責:丹野秀崇

コロナウイルス研究の加速が期待される論文をご紹介します。

SARS-CoV-2は感染性の非常に高いウイルスであり、生ウイルスを扱う場合にはBSL-3での作業が必要です。しかし、BSL-3施設を保有する研究機関は限られている上に、BSL-3での作業は研究者への負担も大きく、研究を進める上での障害となっていました。もし非感染性のウイルスを作製できれば、ウイルス生活環の解明に役立ったり、ドラッグスクリーニングにも大きく役立ちます。今回、RICARDO-LAXらはSARS-CoV-2のレプリコンの作製および、増殖不可能なウイルス粒子の開発に成功しました。

レプリコンとはウイルス粒子産生能を欠失させた自己複製可能なウイルスゲノムのことです。ひとたびレプリコンが細胞に導入されるとレプリコンから様々なウイルスタンパク質が翻訳され、ウイルスゲノムが増幅します。しかしウイルス粒子形成に関わる遺伝子を欠損させているため感染性のウイルスが産生されることはありません。従って、レプリコンを用いればウイルスゲノムおよびウイルスタンパク質の細胞内における動態を安全に解析することが出来ます。

今回、著者らはSARS-CoV-2のウイルスゲノムからスパイクタンパク質を欠失させたレプリコンを作製し、レプリコンがドラッグスクリーニング系に活用できるかどうかを検証しています。具体的にはレプリコンをエレクトロポレーションによって細胞に導入後、抗ウイルス作用が報告されている薬剤remdesivir、masitinib、27-hydroxycholesterol (27-HC)あるいはAM580を加えレプリコンの活性を計測しました。27-HCはウイルスが細胞に侵入する際に働く薬剤であり、今回の実験ではエレクトロポレーションによってレプリコンが細胞に導入されているのでネガティブコントロールとして働きます。実験の結果、remdesivir、masitinib、およびAM580はレプリコンの活性を阻害し、27-HCは阻害しないことが分かりました。これらの結果は開発したレプリコンがドラッグスクリーニングの系で正しく働くことを示しています。

更に著者らはレプリコンがウイルス活性に重要な細胞内因子のスクリーニング系に活用できるのかも検証しています。先行研究によりヒトのTransmembrane protein 41B (TMEM41B)がウイルス活性に重要であることが報告されています。そこで著者らはTMEM41Bをノックアウトした細胞およびノックアウトしていない細胞にレプリコンを導入し、その活性を計測しました。その結果、生のウイルスの結果と同様にTMEM41Bをノックアウトするとレプリコンの活性が大きく減少することが明らかとなりました。このことから、レプリコンはウイルス活性に重要な細胞内因子を同定する実験系にも使用できると言えます。

加えて、レプリコンはウイルス変異体の解析にも用いることができます。細胞が持つ抗ウイルス反応はinterferon(IFN)の産生、それに続く何百種類もの抗ウイルス因子IFN-stimulated genes (ISG)の産生が挙げられます。これまでにNsp1と呼ばれるウイルスタンパク質がISGの産生を抑制し、抗ウイルス反応から逃避していることが知られていました。また、Nsp1の二つのアミノ酸に変異が起こるとその機能が消失することも知られています。そこで筆者らはこれらの変異を持つレプリコンを作製し、野生型レプリコンと比較しました。その結果、Nsp1に変異を持つレプリコンは野生型と比較して、よりIFNに感受性を示し、その活性が減少することが確認されました。

ここまでの実験で筆者らはエレクトロポレーションによってレプリコンを細胞株に導入してきましたが、同様の実験をヒト由来初代細胞や肺細胞株に導入するのは容易ではありません。またレプリコンをエレクトロポレーションで細胞に導入した場合は、SARS-CoV-2の細胞侵入過程を解析することも出来ません。そこで筆者らはレプリコンとスパイクタンパク質を用いることによって、1回だけ細胞に感染しレプリコンを細胞内に導入できるが、ウイルス産生はできないreplicon delivery particles (RDPs)の作製を試みました。

筆者らはレプリコン、スパイクタンパク質および補助因子であるN mRNAをBHK-21細胞に導入し、24時間後にRDPsを含む培養上清を回収し、Huh-7.5細胞への感染実験に用いました。実際にはHuh-7.5細胞はウイルス感染を起こしやすいようにスパイクタンパク質に作用するACE2、TMPRSS2を過剰発現させています(Huh-7.5AT細胞)。実験の結果、Huh-7.5AT細胞からレプリコン由来の蛍光タンパク質のシグナルが検出され、Huh-7.5AT細胞がRDPsによってレプリコンを発現していることが確認されました。この感染Huh-7.5AT細胞の培養上清を、感染していないHuh-7.5AT細胞に添加してもレプリコン由来のシグナルは確認されず、感染Huh-7.5AT細胞からは感染性のウイルスは産生されないことが示唆されました。

続いて、作製したRDPsを用いた中和抗体の検証も実施したところ、これまでの生ウイルスやシュードウイルスを使った結果と同様な結果が得られ、RDPsは中和抗体の評価系にも使用できることが示されています。

最後に筆者らはスパイクタンパク質ではなくVSV-Gを用いてもRDPsを作製できるかを検証しています。ヒトのACE2、TMPRSS2はスパイクタンパク質に作用しSARS-CoV-2の感染を促進するタンパク質ですが、ウイルス研究に使用されている多くの細胞株はこれらのタンパク質を発現しているとは限りません。従って今回作製したRDPsが感染実験に使用できない可能性があります。そこで筆者らは幅広い細胞株に作用できるVSV-Gをスパイクタンパク質の代わりに使用し、RDPsが作製できるか、細胞株に感染できるかを検証しました。VSV-GとレプリコンをBHK-21細胞に導入し、その培養上清をACE2、TMPRSS2を過剰発現させていない通常のHuh-7.5細胞に添加しました。その結果、レプリコンのシグナルが検出されレプリコンが導入されたことが示されました。感染したHuh-7.5細胞の培養上清を感染していないHuh-7.5細胞に加えてもレプリコンのシグナルは検出されなかったことから、VSV-Gを持つRDPsの感染も1回限りであることが示唆されました。

VSV-G RDPsを様々な細胞に試したところ、VeroE6細胞, Caco2細胞、Calu3細胞、A549細胞などの細胞株だけでなく、初代細胞である気管支/気管上皮細胞(NHBE)および肺線維芽細胞(NHLF)にもレプリコンを導入可能であることが明らかとなりました。

まとめ

今回開発された、レプリコンおよびRDPsはドラッグスクリーニング、ウイルス変異体の解析に用いることが出来、また感染性ウイルスを産生しないことが示唆されているため、BSL-2での運用が期待できます。これによりウイルス研究が大きく進展することが期待されます。


文献
INNA RICARDO-LAX et al., Replication and single-cycle delivery of SARS-CoV-2 replicons, Science (2021) Vol 374, Issue 6571