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2022/3/1

COVID-19治癒後の認知後遺症;“脳の霧”

文責:橋本 款

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が治癒した後にも、強い倦怠感、味覚・聴覚障害など様々な後遺症が出現することが知られていますが(図1)、最近では、認知後遺症が“脳の霧(Brain Fog)“と呼ばれて注目されています。“脳の霧”とは、最近の出来事を思い出せない、物事を表現する時に適切な言葉が出てこない、集中力が途切れるといった、認知機能関連症状のことで、このような症状が、COVID-19後遺症患者の約3分の1に認められたという報告もあります。そのメカニズムは不明ですが、興味深いことに、今回紹介致します論文(文献1)によりますと、“脳の霧”の症状が現れている人の脳脊髄液中には、その症状のない人からは検出されない抗体が確認されたということで、治療にも結びつく可能性があります。

#詳細は、東京都福祉保健局が作製した後遺症リーフレットをご覧下さい。https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/kansen/corona_portal/soudan/longcovid_leaflet.html


文献1.
Alexandra C. Apple, et al., Risk factors and abnormal cerebrospinal fluid associate with cognitive symptoms after mild COVID-19 Annals of Clinical and Translational Neurology, 2022, 9, 221-226.


背景・目的

COVID-19が治癒しても、後に様々な後遺症が生じる可能性がある。その一つとして、脳神経系では、認知後遺症が注目されており、そのメカニズムを解明する必要がある。

方法

今回の研究は、認知後遺症、および、その関連症状のある22人(平均年齢48歳)と、その症状のない10人(同39歳)からなる計32人のCOVID-19既往者を対象に行われた。COVID-19の発症から10カ月後に採血検査を行うとともに、同意の得られた17人(有症状者13人、無症状者4人)の脳脊髄液(CSF)を採取・分析*1した。なお、対象者の全員が成人であり、COVID-19の治療入院を要していない外来通院患者であった。

結果

  • CSFの検査の結果、有症状のCOVID-19既往者13人中10人に炎症の亢進や、自己抗体*2の活性化が認められたが、無症状のCOVID-19既往者4人は全て正常と判定された。また、血液検査の結果においても、有症状者で認められた異常所見は現われていた。
  • 認知機能関連リスク因子を比較すると、無症状者は平均1未満であるのに対して、有症状者は平均2.5のリスク因子が該当した。これらのリスク因子には、脳卒中、軽度認知障害、および、血管性認知症のリスクを高める可能性のある疾患として、糖尿病と高血圧が含まれていた。これらに加えて、注意欠如・多動症、アルコール・薬物使用障害、うつ病の既往なども評価されていた。
  • なお、本研究では、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)関連神経認知障害(HAND)*3の診断に使用される基準と同じ手法を用いて、神経心理学者の面接による認知機能の評価が行われた。その結果は、有症状者では22人中13人(59%)、無症状者では10人中7人(70%)がHAND基準を満たしており、その割合に有意差はなかった。

結論

  • 有症状のCOVID-19既往者のCSF中に見られた抗体の標的は不明であるが、ウイルスによって刺激された免疫系によって、意図しない病理学的機能により出現した可能性がある。
  • 既存の評価手法では、COVID-19の後遺症として現れる認知機能の低下を診断できない可能性があり、思考や記憶の問題を訴える患者に対して、医療者は疾患の診断基準を満たすか否かにとらわれるのではなく、患者の訴えを信じて対応すべきであろう。

用語の解説

*1. 脳脊髄液(CSF)を採取・分析
CSFは、物理的および化学的に脳や脊髄を保護して、栄養の輸送, 老廃物の除去、神経内分泌および神経伝達物質の拡散のための液体として機能する。CSFの大部分は脳室内の脈絡叢から分泌され、その量や圧は一定に保たれている。脳や脊髄の病気の診断(炎症、腫瘍、てんかん、など)において欠くことのできない検査の1つであり、神経変性疾患においても精力的に研究されている。
*2. 自己抗体
自己の細胞や組織を抗原と見なして反応する(攻撃する)抗体。さまざまな自己免疫疾患の原因となり、感染症や健常人においても陽性になることがある。
*3. HAND
HIV感染者の高齢化に伴い、エイズ以外の心血管障害や腎障害、骨密度低下など様々な合併症が問題になっている。HIV治療薬の進歩によりHIV脳症は激減したが, 最近では、ウイルスの増殖抑制にもかかわらず、認知障害を呈する患者の存在が明らかとなった。こうした認知障害も含めた疾患概念としてHIV関連神経認知障害(HIV- associated neurocognitive disorder; HAND)が提唱された。

今回の論文のポイント

  • COVID-19治癒後に顕われる認知後遺症は、認知症に移行する可能性があるので注意が必要です。実際、HIVやC型肝炎ウイルスなどの感染でも、認知機能関連症状を呈するケースがあることが知られており、これらの感染症が認知症の危険因子となることが知られています。
  • 本研究で、COVID-19治癒後の認知後遺症に自己抗体活性化が関与し、治療の標的になる可能性が示唆されました。他のウイルス疾患の認知後遺症の治療にも応用できるかも知れません。

文献1
Alexandra C. Apple, et al., Risk factors and abnormal cerebrospinal fluid associate with cognitive symptoms after mild COVID-19 Annals of Clinical and Translational Neurology, 2022, 9, 221-226.