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2022/3/8

新型コロナウイルス感染症と精神疾患の相互促進作用

文責:橋本 款

先週、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治癒後に認知後遺症が発症する可能性があると述べましたが、COVID-19の後遺症として精神疾患も重要です。すなわち、COVID-19に罹患した患者さんは、非感染対照者と比較して、様々な精神疾患(不安障害、うつ病性障害、ストレスおよび適応障害、麻薬性鎮痛薬の使用障害、神経認知機能障害*1、睡眠障害など)のリスクが高いことが明らかとなりました(文献1)。以前に精神疾患(統合失調症、双極性障害、および、うつ病性障害など)を有する患者さんは、COVID-19に罹患しやすく、また死亡率が高いことを報告しましたが、合わせて考えますと、COVID-19と精神疾患は相互に促進的な関係にあるようです(図1)。


文献1.
Xie Y et al., Risks of mental health outcomes in people with covid-19: cohort study. BMJ, 2022 02 16;376;e068993.


目的・方法

COVID-19の後遺症としての精神疾患について検討するために、米国退役軍人省のデータを用いて、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染者と、同時期の非感染者、ならびに、COVID-19流行以前の非感染者を対照比較したコホート研究*2を行った。

  • 具体的には、2020年3月1日~2021年1月15日の間に少なくとも1回、SARS-CoV-2のPCR検査が陽性であった人(169,240例)のうち陽性確認から30日後に生存していた人(COVID-19群153,848例)の転帰を調べ(~2021年11月30日)、精神疾患の発症リスクを2つの対照群と比較した。対照群は、COVID-19群と同時期にSARS-CoV-2の感染が確認されていない同時期対照群(5,637,840例)と、COVID-19流行以前の歴史的対照群(5,859,251例)である。
  • COVID-19と精神疾患発症との関連性に関して、追跡期間中のハザード比(HR)*3と、各群における1年推定発生率の差に基づく1,000人当たりの1年間の補正後リスク差*4ならびにその95%信頼区間(CI)を算出して評価した。

結果

  • COVID-19群では同時期対照群と比較して、不安障害(HR:1.35[95%CI:1.30~1.39]、群間リスク差 11.06[95%CI:9.64~12.53])、うつ病性障害(1.39[1.34~1.43]、15.12[13.38~16.91])、ストレス、および、適応障害(1.38[1.34~1.43]、13.29[11.71~14.92])、抗うつ薬使用(1.55[1.50~1.60]、 21.59[19.63~23.60])、ベンゾジアゼピン系抗不安薬使用(1.65[1.58~1.72]、 10.46[9.37~11.61])の発生リスクが増加した。また、オピオイド鎮痛薬処方(1.76[1.71~1.81]、35.90[33.61~38.25])、オピオイド鎮痛薬使用障害 (1.34[1.21~1.48]、0.96[0.59~1.37])、その他の物質使用障害(1.20[1.15~1.26]、 4.34[3.22~5.51])の発生リスクも増加した。
  • さらに、COVID-19群では同時期対照群と比較して、神経認知機能低下(HR:1.80[95%CI:1.72~1.89]、群間リスク差:10.75[95%CI:9.65~11.91])、睡眠障害(1.41[1.38~1.45]、23.80[21.65~26.00])の発症リスクも増加し、精神疾患の診断や薬の処方を受けるリスクも増加が認められた(1.60[1.55~1.66]、64.38[58.90~70.01])。
  • 評価した結果のリスクは、COVID-19急性期に入院した人の方が入院していない人よりも高かった。
  • これらの結果は、歴史的対照群との比較においても一致していた。
  • また、COVID-19群における精神疾患の発症リスクは、季節性インフルエンザ群のそれに比べて有意に高かった。

結論

本研究の結果より、COVID-19の後遺症としての精神疾患のリスクが示唆された。したがって、COVID-19生存者の精神障害に対する取り組みは優先課題である。

用語の解説

*1. 神経認知機能障害
米国精神医学会が作成した診断基準である「精神障害の診断と統計マニュアル」DSM-5では、それまでの「認知症」のカテゴリーに相当するものとして、「神経認知障害群」というカテゴリーが設置された。さらに、複雑性注意、実行機能、学習と記憶、言語、知覚-運動、社会的認知の6つの神経認知領域が定義され、それぞれの領域に関する障害の有無や程度が、神経認知障害群に該当する疾患を診断するための、基本的な診断基準として使用されている。
*2. コホート研究
ある特定の疾患の起こる可能性がある要因・特性を考え、対象集団(コホート)を決め、その要因・特性を持った群(曝露群)と持たない群(非曝露群)に分け、疾患の罹患や改善・悪化の有無などを一定期間観察し、その要因・特性と疾患との関連性を明らかにする統計学の研究方法。
*3. ハザード比(HR)
HRとは統計学上の用語で、相対的な危険度を客観的に比較する方法。たとえば、医薬品の研究においては、治療群の単位時間当たりの死亡率は、対照群の死亡率の2倍になる可能性がある。このときHRは2となり、治療による死亡のハザード(危険)が高いことを示す。HRは、選択されたエンドポイント(疾患の発生を示す評価指標)に関する選択バイアスの影響を受けにくく、エンドポイント以前に発生するリスク(危険度)を示すことができる。
*4. リスク差
疫学における指標の1つで、一般的には「寄与危険度(割合)」として利用される。寄与危険度(割合)は、寄与危険が曝露群の罹患リスクに占める割合を示す。すなわち、「危険因子曝露群のなかで発症(罹患)したもののうち、真に曝露が影響して罹患(発症)した者は何%であるか」を示す。

今回の論文のポイント

  • COVID-19治癒後に顕われる後遺症として、精神疾患に注意する必要があります。
  • COVID-19と精神疾患の関係は明らかであるにもかかわらず、筆者の知る限り、現時点でその分子的メカニズムは示されていません(図1)。したがって、その解明を通して治療に結びつけることが期待されます。

文献1
Xie Y et al., Risks of mental health outcomes in people with covid-19: cohort study. BMJ, 2022 02 16;376;e068993.