文献1.
Xie Y et al., Risks of mental health outcomes in people with covid-19: cohort study. BMJ, 2022 02 16;376;e068993. 
目的・方法
COVID-19の後遺症としての精神疾患について検討するために、米国退役軍人省のデータを用いて、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染者と、同時期の非感染者、ならびに、COVID-19流行以前の非感染者を対照比較したコホート研究*2を行った。
- 具体的には、2020年3月1日~2021年1月15日の間に少なくとも1回、SARS-CoV-2のPCR検査が陽性であった人(169,240例)のうち陽性確認から30日後に生存していた人(COVID-19群153,848例)の転帰を調べ(~2021年11月30日)、精神疾患の発症リスクを2つの対照群と比較した。対照群は、COVID-19群と同時期にSARS-CoV-2の感染が確認されていない同時期対照群(5,637,840例)と、COVID-19流行以前の歴史的対照群(5,859,251例)である。
- COVID-19と精神疾患発症との関連性に関して、追跡期間中のハザード比(HR)*3と、各群における1年推定発生率の差に基づく1,000人当たりの1年間の補正後リスク差*4ならびにその95%信頼区間(CI)を算出して評価した。
結果
- COVID-19群では同時期対照群と比較して、不安障害(HR:1.35[95%CI:1.30~1.39]、群間リスク差 11.06[95%CI:9.64~12.53])、うつ病性障害(1.39[1.34~1.43]、15.12[13.38~16.91])、ストレス、および、適応障害(1.38[1.34~1.43]、13.29[11.71~14.92])、抗うつ薬使用(1.55[1.50~1.60]、 21.59[19.63~23.60])、ベンゾジアゼピン系抗不安薬使用(1.65[1.58~1.72]、 10.46[9.37~11.61])の発生リスクが増加した。また、オピオイド鎮痛薬処方(1.76[1.71~1.81]、35.90[33.61~38.25])、オピオイド鎮痛薬使用障害 (1.34[1.21~1.48]、0.96[0.59~1.37])、その他の物質使用障害(1.20[1.15~1.26]、 4.34[3.22~5.51])の発生リスクも増加した。
- さらに、COVID-19群では同時期対照群と比較して、神経認知機能低下(HR:1.80[95%CI:1.72~1.89]、群間リスク差:10.75[95%CI:9.65~11.91])、睡眠障害(1.41[1.38~1.45]、23.80[21.65~26.00])の発症リスクも増加し、精神疾患の診断や薬の処方を受けるリスクも増加が認められた(1.60[1.55~1.66]、64.38[58.90~70.01])。
- 評価した結果のリスクは、COVID-19急性期に入院した人の方が入院していない人よりも高かった。
- これらの結果は、歴史的対照群との比較においても一致していた。
- また、COVID-19群における精神疾患の発症リスクは、季節性インフルエンザ群のそれに比べて有意に高かった。
結論
本研究の結果より、COVID-19の後遺症としての精神疾患のリスクが示唆された。したがって、COVID-19生存者の精神障害に対する取り組みは優先課題である。
用語の解説
- *1. 神経認知機能障害
- 米国精神医学会が作成した診断基準である「精神障害の診断と統計マニュアル」DSM-5では、それまでの「認知症」のカテゴリーに相当するものとして、「神経認知障害群」というカテゴリーが設置された。さらに、複雑性注意、実行機能、学習と記憶、言語、知覚-運動、社会的認知の6つの神経認知領域が定義され、それぞれの領域に関する障害の有無や程度が、神経認知障害群に該当する疾患を診断するための、基本的な診断基準として使用されている。
- *2. コホート研究
- ある特定の疾患の起こる可能性がある要因・特性を考え、対象集団(コホート)を決め、その要因・特性を持った群(曝露群)と持たない群(非曝露群)に分け、疾患の罹患や改善・悪化の有無などを一定期間観察し、その要因・特性と疾患との関連性を明らかにする統計学の研究方法。
- *3. ハザード比(HR)
- HRとは統計学上の用語で、相対的な危険度を客観的に比較する方法。たとえば、医薬品の研究においては、治療群の単位時間当たりの死亡率は、対照群の死亡率の2倍になる可能性がある。このときHRは2となり、治療による死亡のハザード(危険)が高いことを示す。HRは、選択されたエンドポイント(疾患の発生を示す評価指標)に関する選択バイアスの影響を受けにくく、エンドポイント以前に発生するリスク(危険度)を示すことができる。
- *4. リスク差
- 疫学における指標の1つで、一般的には「寄与危険度(割合)」として利用される。寄与危険度(割合)は、寄与危険が曝露群の罹患リスクに占める割合を示す。すなわち、「危険因子曝露群のなかで発症(罹患)したもののうち、真に曝露が影響して罹患(発症)した者は何%であるか」を示す。