都医学研の新型コロナウイルスに関する研究

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新型コロナ対策特別チームの取組に関する総括報告書(2023年5月2日)

新型コロナウイルスに関するその他の研究

新型コロナウイルスに関するその他の研究

新型コロナウイルス対策特別チーム 統括責任者 糸川昌成

都医学研では、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)関する研究を所内で募集し、審議して以下の6課題が採択されました。6課題の提案者はいずれもが、普段ウイルス感染症とは関連しない研究をしている研究員たちです。新型コロナウイルスのパンデミックという未曽有の緊急事態にあたり、科学者としてこれまで培ってきた力を発揮して、未知のウイルスに挑戦しました。

2020年度 新型コロナウイルス関連研究
No.研究課題所属研究者
1SARS-CoV-2 Sタンパク質結合糖脂質の基礎的研究細胞膜研究室笠原浩二 室長
2SARS-CoV-2 RNAゲノムのグアニン4重鎖構造を標的とした新規抗ウイルス薬の開発ゲノム動態プロジェクト正井久雄 所長
田島陽一 主任研究員
3新型コロナウイルスワクチンの有効性を高めるワクチンアジュバントの開発幹細胞プロジェクト種子島幸祐 主席研究員
4新型コロナウイルス対策のための日本株BCG効果の基礎研究神経細胞分化研究室岡戸晴生 室長
5プロテオーム変動を指標とした新型コロナウイルス感染の宿主応答の解析蛋白質代謝プロジェクト佐伯 泰 参事研究員
遠藤彬則 主任研究員
6新型コロナウイルスの感染・重症化に関わる要因の探索依存性物質プロジェクト池田和隆 参事研究員

※ 所属、研究者の役職は、2020年3月31日現在。
※ 知的財産権保護の観点から、公開可能なものから公開いたします。


1. SARS-CoV-2 Sタンパク質結合糖脂質の基礎的研究

細胞膜研究室 笠原浩二 室長

新型コロナウイルスがヒトに感染するとき、高血圧の治療薬にも関連する蛋白質、アンジオテンシン変換酵素 2(ACE2)を侵入口とすることが知られています。ACE2以外にも細胞の表面にある糖脂質糖鎖に新型コロナウイルスが結合することから、この糖鎖もウイルスの侵入口となる可能性を見出しました。本研究では新型コロナウイルスの抗体反応で重要な役割を果たすスパイクタンパク質S1、およびその変異体と、様々な細胞膜の糖脂質(ガングリオシド類)との結合の有様を、糖脂質を固定化したセンサーに光分子を当てた時の反射がコロナウイルスのスパイクタンパク質が結合したときに変化する性質(表面プラズモン共鳴)を利用して解析しました。感染モデル細胞の細胞膜微小領域である脂質ラフトを構成する糖脂質ガングリオシドに、スパイクタンパク質S1およびその変異体が直接結合することを見出しました。スパイクタンパク質S1と結合する細胞膜のガングリオシドを同定することにより、ガングリオシドを標的とする新型コロナウイルス感染の治療薬の開発につながる基礎研究をおこないました。


2. SARS-CoV-2 RNAゲノムのグアニン4重鎖構造を標的とした新規抗ウイルス薬の開発

ゲノム動態プロジェクト 正井久雄 所長, 田島陽一 主任研究員

新型コロナウイルスの遺伝子(ゲノム)は、4種類の物質(アデニン・グアニン・シトシン・ウラシル)が約3万個つらなった配列からできた、DNAのように二重らせんを示さない1本鎖RNAです。RNAゲノムはその配列によって、特徴的な立体構造を形成すると推測されます。特に、グアニンの連続配列は4つのグアニンが複雑に折りたたまれた、4重鎖構造(G4)を形成する可能性があります。これまでヒト免疫不全ウイルス(HIV), 単純ヘルペスウイルス(HSV)など、多くのウイルスゲノム上にG4形成配列が存在することが示唆されており、G4に特異的に結合する比較的小さな物質(低分子化合物)が抗ウイルス薬として開発されつつあります。本研究では、新型コロナウイルスゲノムRNA上のG4構造やそれに結合するタンパク質を標的として、新型コロナウイルスの増殖を阻害する新しい化合物を見つけだし、新型コロナウイルス感染症の新しい治療薬の開発に活用できる発見を目指しています。私たちは植物由来のアルカロイドであり、G4結合能を示すBerbamine(BBM)の誘導体を作製し、細胞レベルで新型コロナウイルスに対して抗ウイルス活性を示すという結果を得ました。

私たちは新型コロナウイルスのRNAゲノム上に、G4構造を形成する可能性のある配列を見出しています。今後、G4構造を迅速に検出できる低分子化合物(G4リガンド)や蛍光タンパク質(G4P-mApple)を利用し、新型コロナゲノムRNA上のG4形成配列を網羅的に調べる予定です。


4. 新型コロナウイルス対策のための日本株BCG効果の基礎研究

神経細胞分化研究室 岡戸晴生 室長

新型コロナウイルスは、血管障害、サイトカインストームから、脳障害を惹起することが示唆されています。BCGにはパスツール研究所のオリジナル株から初期に分離した早期株(日本とソ連株)と、より後に分離された後期株が存在しますが、日本株BCGを接種した国ではウイルス感染が少ないという報告が議論されています(Miyasaka, 2020)。先行研究によりますと、後期株BCGを新生児マウスに接種すると炎症が抑制され、神経保護作用のあるM2ミクログリアが増加し、海馬の神経細胞が増え、空間認知機能が亢進し、さらにリポ多糖を投与して炎症を起こさせたマウスの行動異常を抑制しますが(Yang et al., 2016)、日本株BCGでの研究はなされていません。以上から、日本株BCGに新型コロナウイルス感染の予防効果があるのか、基礎的な検討が必要と考えましたが、新型コロナウイルス感染のモデルマウスが世界的に見ても確立していませんでした。

そこで私たちは、研究室内で使用しているアルツハイマー病モデルマウスを用いて、日本株BCGの新型コロナウイルス感染予防効果を検討しました。アルツハイマー病と新型コロナウイルス感染は一見関連のないように見えますが、最近BCG摂取によりアルツハイマー病モデルマウスで、アルツハイマー病の脳で見られるアミロイド斑が減少しないのに、認知機能が改善されることが見出されました(Zuo et al., accepted)。このことは、アミロイド斑ができる前の段階で脳病変の修復を担当する細胞(ミクログリア)がアミロイドによって活性化されたために生じた炎症を、BCGが適切に抑制することで認知機能が改善されることを示唆しています。また、私たちが独自に作製したアルツハイマー病モデルマウスを解析したところ、ミクログリアの活性化による毛細血管の障害が、アルツハイマー病発症と関連する可能性も示唆されました(Tanaka et al., BioRxiv, 2020)。以上のことから、アルツハイマー病モデルマウスと普通のマウスに日本株BCGを接種して、認知機能、血管状態、ミクログリア、炎症物質(サイトカイン)量の測定等を行い、BCGが脳障害を予防あるいは改善するのか検討しました。


6. 新型コロナウイルスの感染・重症化に関わる要因の探索

依存性物質プロジェクト 池田和隆 参事研究員

新型コロナウイルス感染症は味覚嗅覚異常・頭痛・発熱・筋肉痛・咳・息切れ・呼吸困難などの症状を呈しますが、感染リスクあるいは重症化は個人で著しく異なります。喫煙やBCGワクチン接種が新型コロナウイルス感染症の重症化に関係するといった報告がありますが、感染リスクあるいは重症化の責任要因:ファクターXは特定されていません。感染リスクあるいは重症化要因を明らかにすることは、新型コロナウイルス感染症に対する出口戦略および医療現場における治療判断に寄与すると考えられます。

私たちは、新型コロナウイルス感染症に関わる遺伝子を文献から抽出し、これら遺伝子上のヒト遺伝子多型と喫煙や既往歴との関連解析を行うことで、新型コロナウイルス新型コロナウイルスの感染・重症化要因を間接的に探索しました。

本研究におけるヒト遺伝多型と精神・身体症状との関連解析は、既に倫理委員会により承認されたヒト遺伝子多型解析計画に含まれており(代表者:池田和隆)、新たな個人情報の取得や追跡は行いませんでした。

(1) 日本人における新型コロナウイルス感染症の関連遺伝子上の遺伝子多型頻度解析:タグ遺伝子多型の決定と、重症化国との多型頻度の比較

新型コロナウイルス感染症の関連遺伝子として、新型コロナウイルス感染に関わる分子を設計している遺伝子を文献から抽出しました。当プロジェクトが保有する遺伝子サンプルを解析した遺伝子の個人差(遺伝子多型)データの中から新型コロナウイルス感染症の関連遺伝子のデータのみを抽出し、周囲の遺伝子多型と関連し合う度合い(連鎖不平衡領域)を解析しました。さらに、周囲の遺伝子多型との関連を代表する多型(タグ遺伝子多型)の人口中の存在率(アレル頻度)について、公的データベースに登録されている日本人以外の人種と人種間比較を行い、新型コロナウイルス感染症が重症化している国との差異を検討しました。

(2) 新型コロナウイルス感染症の関連遺伝子多型と関連する精神・身体症状の探索:新型コロナウイルス感染症の発症・重症化と関連する精神・身体症状の探索

タグ遺伝子多型について、当プロジェクトが保有する遺伝子多型データおよび臨床情報(基礎情報:年齢・性別・体重など、各種依存症罹患:覚せい剤・アルコール・タバコ、喫煙履歴、飲酒履歴、疼痛指標、高血圧病歴、糖尿病歴、鎮痛薬使用量など)の関連を解析し、新型コロナウイルス感染症の発症・重症化に関わる症状を検討しました。

(3) 動物モデルにおける新型コロナウイルス感染症の関連遺伝子発現変化および表現型の探索:新型コロナウイルス感染症が関係する症状・重症化の探索

新型コロナウイルス感染症の関連遺伝子について、当プロジェクトで解析を行った各種モデルマウス(依存症、疼痛、自閉症、必要であれば新たに解析を行う)の網羅的遺伝子発現データを用いて、新型コロナウイルス感染症の関連遺伝子の遺伝子発現データ、公的データベースから各種モデルマウスおよび新型コロナウイルス感染症の関連遺伝子改変マウスの遺伝子発現データと表現型データを抽出し、新型コロナウイルス感染症の関連遺伝子が関係する表現型とその重症度を解析しました。