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一般向け 研究者向け 査読前論文

2023/1/23

新たなオミクロン派生型:XBB.1.5は、世界的脅威になるか?

文責:橋本 款
図1.

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は変異を繰り返し、その新しい変異株のいくつかは急速に拡大しパンデミックを引き起こしてきましたが、最近、北米を中心に広がりを見せているのが、オミクロン株「XBB.1」にSer486Proの変異が加わった新たな亜系統「XBB.1.5」です(図1)。アメリカでは、昨年の11月頃までは「BA.5」が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の主流でしたが、「BQ.1」や「BQ.1.1」の流行を経て、あっという間に「XBB.1.5」に置き換わりました。米国のCDC(疾病対策センター)の発表では、今年1月8〜14日の1週間における新規感染者のうち43%が「XBB.1.5」によるものでした。特に、東部では新規感染者の80%以上を「XBB.1.5」が占めていました。今後、「XBB.1.5」は世界中のパンデミックになる可能性があり、日本でも「XBB.1.5」の感染者が確認され始めました。「XBB.1.5」が優勢になった理由は明らかではありませんが、恐らく、「XBB.1」の免疫逃避性*1 がさらに強まったのではないかと推定されています。この考えに一致して、中国科学院(北京)のCan Yue博士らは「XBB.1.5」がその他の亜系統に比べて、オミクロン株受容体に対する結合力が強く、免疫逃避能力も高いことを示しました(図1)。今回は、bioRxivに記載された査読前論文(文献1)について解説致します。


文献1.
Yue C et al., Enhanced transmissibility of XBB.1.5 is contributed by both strong ACE2 binding and antibody evasion, Preprint at bioRxiv


【背景・目的】

「XBB.1.5」はオミクロン株由来の「XBB.1」にSer486Proの変異が加わった新たな亜系統である。これまでの研究で、「XBB.1」は、強い免疫逃避性を持つことが示されていることから、「XBB.1.5」においては、アミノ酸変異により免疫逃避性がさらに強まった可能性が考えられた。著者らは、ウイルス中和試験を通してこれを証明した。

【方法】

  • CoronaVac*2 (中国製不活化ワクチン) を接種した後、オミクロン(BA.1, BA.5, または、BF7)にブレークスルー感染*3 回復期の血清サンプルの、「B1」、「XBB.1」、及び、「XBB.1.5」に対するウイルス感染阻止能(中和能)を偽ウイルス中和試験(Psudovirus neutralization assay)*4 によって評価・比較した。
  • また、表面プラズモン共鳴法(Surface plasmon resonance)*5 を用いてヒトACE2に対する各種ウイルス(「BQ.1.1」、「XBB.1」、及び、「XBB.1.5」)の受容体結合ドメイン(RBD)の親和性を測定・比較した。

【結果】

  • CoronaVacを接種した後、オミクロン(BA.1, BA.5, または、BF7)にブレークスルー感染*3 した患者の回復期の血清サンプルの、「XBB.1」、及び、「XBB.1.5」に対する中和能は、「B1」に対するそれに較べてかなり低かった。例えば、CoronaVac/BA.5/ブレークスルー感染の場合、「XBB.1」、「XBB.1.5」対するタイター(中和能)は「B1」に較べて、それぞれ、44倍、40倍も低下していた。
  • 「XBB.1」と「XBB.1.5」でほぼ同程度のモノクローナル抗体に対する免疫逃避が見られた。
  • 「XBB.1.5」は「XBB.1」、「BQ.1.1」に較べて、ヒトACE2に対する親和性が有意に高かった(XBB.1.5: Kd=3.4 nM, XBB.1: Kd=19 nM, BQ.1.1: Kd=8.1 nM)。

【結論】

以上、「XBB.1.5」は「XBB.1」に較べて、免疫逃避性は同程度であるが、ヒトACE2に対する親和性が有意に高いことが示された。このことが、「XBB.1.5」の強い伝搬性の原因になっているかもしれないと推測されるが、さらに検討する必要がある。

用語の解説

*1. 免疫逃避性
本来、ワクチンを接種した後は、中和抗体の量が増えて”盾”のようにウイルスから体を守る役目を果たすが、免疫逃避とは、その中和抗体が十分に働かなくなることをいう。
*2. CoronaVac(コロナバック)
中国のシノバック社が開発した不活化ウイルスCOVID-19ワクチン。シノバックの不活化ウイルスCOVID-19ワクチンについては、「中国における新型コロナウィルス感染症の爆発的流行」(2023/1/10 掲載記事)を参照してください。
*3. ブレークスルー感染
ワクチンを接種した後でも感染する可能性があり、「ワクチン接種後に感染すること」を「ブレークスルー感染」と呼ぶ。ワクチンの十分な免疫効果が期待できるのが「2回目の接種を受けてから2週間程度経過してから」と言われている。ワクチン接種後の感染全てを「ブレークスルー感染」と呼ぶ場合もあるが、基本的にはワクチン接種後(2週間程度経過)に感染した場合をブレークスルー感染と呼ぶことが多い。
*4. 偽ウイルスを利用したウイルス中和試験(Psudovirus neutralization assay)
水疱性口内炎ウイルスは、エンベロープ遺伝子を欠損させても、通常の形態を保持したウイルス粒子が大量に産生されることから、この性質を利用して、偽ウイルスシステムが確立された。偽ウイルスを利用することにより、技術的にも法的にも取り扱いが困難なバイオセーフティレベル(BSL)-3やBSL-4に属するウイルスをBSL-2レベルで解析できる。またVSVゲノムにはリポーター遺伝子が挿入されているため、このリポーター遺伝子の発現や活性を指標として感染効率を定量的に評価することができる。
*5. 表面プラズモン共鳴法(Surface plasmon resonance: SPR)
SPRは、表面への分子の吸脱着挙動を金属表面近傍の屈折率変化として非標識かつリアルタイムで追跡できる方法である。吸着分子の膜厚(吸着量)を測定できるほか、リアルタイム計測結果から吸着・脱着速度など速度論的解析も行うことができる。

今回の論文のポイント

  • 本研究の結果から、遺伝子変異により、ヒトACE2受容体に対する親和性が有意に高くなったことが、「XBB.1.5」の強い伝搬性の原因の一つではないかと推定されます。
  • ワクチンの効果が不十分であることが中国におけるCOVID-19患者の爆発的な増加に繋がった原因の一つであると思われますが、その一方で、ワクチン開発において世界をリードするアメリカで、新しい亜系統の「XBB.1.5」が出現したのは皮肉です。今後の治療戦略を考える上で重要かも知れません。

文献1
Yue C et al., Enhanced transmissibility of XBB.1.5 is contributed by both strong ACE2 binding and antibody evasion, Preprint at bioRxiv