新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2025/1/16

2025年にインパクトを与えると予想される臨床試験

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • Nature Medicine の年次特集で、来年の医療に影響を与えそうな11の臨床試験が紹介されている。このリストは、2025年に世界が直面する憂慮すべき健康上の課題を反映していると思われる。
  • この中には、肥満、がん、栄養失調、劣悪な精神衛生、および酷暑の影響を治療することを目的とした新しい治療法や遺伝子編集やAI革命を取り入れたものもあり大変興味深い。
図1.

新薬を開発して承認を取得するまでには、基礎研究や動物実験などの前臨床試験の過程を経て、臨床試験(治験)で有効性や安全性を評価・承認される必要がありますので、一般的に10~15年の期間がかかります(図1)。臨床試験は、3つのステップ*1 からなり、長く厳しい新薬開発の過程の中で承認を申請できるかどうかの鍵を握るのに重要です。新薬の開発には、巨額な費用(~5000億円程度)がかかりますが、成功率は約3万分の1で、ほとんどの候補物質は途中の段階で断念されています。それにもかかわらず、ClinicalTrials.gov*2 を見ますと世界中で3000近い臨床試験が登録されており、この分野の臨床研究が精力的に行われている状況が推測されます。これに関連して、今回は、Nature Medicine恒例の新年の特集である「その年の医療に影響を及ぼしそうな11の臨床試験」(文献1)を紹介いたします。リストの中には、肥満、がん、栄養失調、劣悪な精神衛生、および酷暑の影響の治療を目的とした新しい治療法や技術が含まれています。また、2つの異なるタイプの遺伝子治療のように、これまでヒトで試みられたことのない新しい治療法、さらに、チャットボット*3 やスマートフォンの技術でメンタルヘルスを改善したり、子宮頸がん検査を支援したり、自閉症の子どもたちが社会的スキルを身につけるのを助けたりするなど、AI革命を取り入れたものもあります。これらは、2025年に直面する憂慮すべき健康上の問題に対応したものと考えられますので、医療の最先端を把握することが出来ます。


文献1.
Eleven clinical trials that will shape medicine in 2025., Webster, P., Healey, N., Nat Med 30, 3384–3388 (2024). https://doi.org/10.1038/s41591-024-03383-y


【2025年の医療に影響を与える11の臨床試験】

  • ION-717; プリオン病患者を対象にION717(アンチセンスオリゴヌクレオチド)の髄腔内投与の安全性、 忍容性、薬物動態及び薬力学を評価する第1/2a相試験。
  • Dietary intervention; ヒトの栄養学に目を向けると、米国国立衛生研究所が資金を提供するNutrition for Precision Health Projectの一環として、8,000人の成人を対象とした分析が行われ、研究者たちは人々の食事、遺伝、マイクロバイオーム、生活習慣、および健康歴をカタログ化し、異なる食事パターンがこれらの人々にどのような影響を与えるかを予測する(生命活動の根幹をなす「食」について、個人ごとの体質や生活環境、ライフステージに応じた最適な食を提供する「個別化栄養」を実現する)。
  • Cannabidiol; 11カ国の30カ所で、1,000人が参加する臨床試験で、精神病の治療にカンナビジオール(CBD:cannabidiol)製品(大麻植物からの抽出物)を使用するさまざまな方法をテストしている。
  • BEAM-101; Beacon試験では、重症の鎌状赤血球患者を対象に、造血幹細胞をCRISPER/CAS9 system*4 により塩基を編集する遺伝子治療が評価されている。この試験では1人の患者が治療中に死亡しているが、それが塩基編集プロセスによるものであるという証拠はなく、試験は現在も進行中である。
  • Cool roofs; 室内温度を下げることができる高反射材で覆われた屋根(「クールルーフ(cool roof)」と呼ばれる)が、猛暑の解決策として研究され、西アフリカのブルキナファソで1,200人を対象とした試験が完了する。
  • Lutetium-177 vipivotide tetraxetan (Pluvicto); 1,126人の前立腺がん患者を対象に、ルテチウム177(放射性物質を含む薬剤)の前立腺がん治療への使用を研究するPSMAddition試験が注目される。
  • Artificial intelligence chatbot; 女性の健康もまた、このリストで強調されている重要な分野である。女性の子宮頸がん検診へのアクセスを支援するために設計された人工知能チャットボットは、女性のスマートフォン使用に関する調査に基づいて設計された。この試験は2025年に完了する予定である。
  • mSELY; ケニアなどの中低所得国の青少年を支援するモバイルツールキットを含む臨床試験の形で、メンタルヘルスが今年のリストに大きく取り上げられている。このツールキットは、子どもたちが自分のメンタルヘルスのニーズを自己評価し、仲間とつながるのを助けるように設計されており、研究者たちは、このような集団における行動的暴力の根本原因を研究することに興味を持っている。
  • Precision cancer screening; 現在主流となっている「画一的な」乳がん検診とは異なるアプローチも研究されている。現在進行中の臨床試験には、6カ国で53,000人の女性が参加し、その半数がDNA検査で乳がんリスクを判定された。
  • Home gardening with nutrition and health counseling; ALIMUSプロジェクトでは、ケニアとブルキナファソにおける家庭菜園が、気候変動により土壌の栄養利用率が低下する中で、子供や出産適齢期の女性の栄養ギャップを埋めるのにどのように役立つかを研究する。
  • GuessWhat;自閉症の子どもたちが社会的スキルを身につけるのを助けたりするなど、AI革命を取り入れたものもある。

用語の解説

*1.臨床試験における3つのステップ
KMT2C臨床試験は、厳しい基準に従って、病院などの医療機関において被験者(健康な人や患者の方々)の同意を得たうえで行われる。最初のステップである第Ⅰ相臨床試験(フェーズⅠ)は、通常、少数の健康な方々を対象に被験薬の薬物動態(吸収、分布、代謝、排泄)や安全性(有害事象、副作用)について検討することを主な目的として実施される。次の第Ⅱ相臨床試験(フェーズⅡ)では、少数の患者の方々を対象として有効性・安全性・薬物動態などを検討し、有効で安全な投薬量や投薬方法を確認する。最後の第Ⅲ相臨床試験(フェーズⅢ)では、多くの患者の方々を対象に既存薬などとの比較試験等を実施して、有効性と安全性についての客観的な検証を行う。
*2.ClinicalTrials.gov
ClinicalTrials.govは、米国国立公衆衛生研究所 (NIH)と米国医薬食品局 (FDA) が共同で、米国国立医学図書館 (NLM) を通じて、現在行われている治験及び臨床研究に関する情報を提供しているデータベースのこと。 2000年2月に開設され、その後、FDAに医薬品を申請するために該当する臨床試験を事前登録することが義務化された。2009年には日本を含む172か国で実施された76,000件以上の試験が登録されており、世界最大級の臨床試験登録サイトを構成している。
*3.チャットボット(chatbot)
もともとはチャッターボット(chatterbot)とよばれ、テキストや音声による対話を通じて人間的な会話の模倣を目的としたソフトウェアアプリケーションで、通常はオンラインで使用される。 最近、この分野はOpenAIのChatGPTの人気によって広く注目を集められるようになり、マイクロソフトのBing Chat(後のCopilot、OpenAIのGPT-4を利用)やGoogleのBard(後のGemini)、その他の競合商品が続いている。
*4.CRISPER-CAS9 system
CISPRシステムによるTDP-43プロテイノパチーの遺伝子治療の可能性〈2023/7/4掲載〉)参照。

文献1
Eleven clinical trials that will shape medicine in 2025., Webster, P., Healey, N., Nat Med 30, 3384–3388 (2024). https://doi.org/10.1038/s41591-024-03383-y