新薬を開発して承認を取得するまでには、基礎研究や動物実験などの前臨床試験の過程を経て、臨床試験(治験)で有効性や安全性を評価・承認される必要がありますので、一般的に10~15年の期間がかかります(図1)。臨床試験は、3つのステップ*1 からなり、長く厳しい新薬開発の過程の中で承認を申請できるかどうかの鍵を握るのに重要です。新薬の開発には、巨額な費用(~5000億円程度)がかかりますが、成功率は約3万分の1で、ほとんどの候補物質は途中の段階で断念されています。それにもかかわらず、ClinicalTrials.gov*2 を見ますと世界中で3000近い臨床試験が登録されており、この分野の臨床研究が精力的に行われている状況が推測されます。これに関連して、今回は、Nature Medicine恒例の新年の特集である「その年の医療に影響を及ぼしそうな11の臨床試験」(文献1)を紹介いたします。リストの中には、肥満、がん、栄養失調、劣悪な精神衛生、および酷暑の影響の治療を目的とした新しい治療法や技術が含まれています。また、2つの異なるタイプの遺伝子治療のように、これまでヒトで試みられたことのない新しい治療法、さらに、チャットボット*3 やスマートフォンの技術でメンタルヘルスを改善したり、子宮頸がん検査を支援したり、自閉症の子どもたちが社会的スキルを身につけるのを助けたりするなど、AI革命を取り入れたものもあります。これらは、2025年に直面する憂慮すべき健康上の問題に対応したものと考えられますので、医療の最先端を把握することが出来ます。
文献1.
Eleven clinical trials that will shape medicine in 2025., Webster, P., Healey, N., Nat Med 30, 3384–3388 (2024). https://doi.org/10.1038/s41591-024-03383-y
【2025年の医療に影響を与える11の臨床試験】
- ION-717; プリオン病患者を対象にION717(アンチセンスオリゴヌクレオチド)の髄腔内投与の安全性、 忍容性、薬物動態及び薬力学を評価する第1/2a相試験。
- Dietary intervention; ヒトの栄養学に目を向けると、米国国立衛生研究所が資金を提供するNutrition for Precision Health Projectの一環として、8,000人の成人を対象とした分析が行われ、研究者たちは人々の食事、遺伝、マイクロバイオーム、生活習慣、および健康歴をカタログ化し、異なる食事パターンがこれらの人々にどのような影響を与えるかを予測する(生命活動の根幹をなす「食」について、個人ごとの体質や生活環境、ライフステージに応じた最適な食を提供する「個別化栄養」を実現する)。
- Cannabidiol; 11カ国の30カ所で、1,000人が参加する臨床試験で、精神病の治療にカンナビジオール(CBD:cannabidiol)製品(大麻植物からの抽出物)を使用するさまざまな方法をテストしている。
- BEAM-101; Beacon試験では、重症の鎌状赤血球患者を対象に、造血幹細胞をCRISPER/CAS9 system*4 により塩基を編集する遺伝子治療が評価されている。この試験では1人の患者が治療中に死亡しているが、それが塩基編集プロセスによるものであるという証拠はなく、試験は現在も進行中である。
- Cool roofs; 室内温度を下げることができる高反射材で覆われた屋根(「クールルーフ(cool roof)」と呼ばれる)が、猛暑の解決策として研究され、西アフリカのブルキナファソで1,200人を対象とした試験が完了する。
- Lutetium-177 vipivotide tetraxetan (Pluvicto); 1,126人の前立腺がん患者を対象に、ルテチウム177(放射性物質を含む薬剤)の前立腺がん治療への使用を研究するPSMAddition試験が注目される。
- Artificial intelligence chatbot; 女性の健康もまた、このリストで強調されている重要な分野である。女性の子宮頸がん検診へのアクセスを支援するために設計された人工知能チャットボットは、女性のスマートフォン使用に関する調査に基づいて設計された。この試験は2025年に完了する予定である。
- mSELY; ケニアなどの中低所得国の青少年を支援するモバイルツールキットを含む臨床試験の形で、メンタルヘルスが今年のリストに大きく取り上げられている。このツールキットは、子どもたちが自分のメンタルヘルスのニーズを自己評価し、仲間とつながるのを助けるように設計されており、研究者たちは、このような集団における行動的暴力の根本原因を研究することに興味を持っている。
- Precision cancer screening; 現在主流となっている「画一的な」乳がん検診とは異なるアプローチも研究されている。現在進行中の臨床試験には、6カ国で53,000人の女性が参加し、その半数がDNA検査で乳がんリスクを判定された。
- Home gardening with nutrition and health counseling; ALIMUSプロジェクトでは、ケニアとブルキナファソにおける家庭菜園が、気候変動により土壌の栄養利用率が低下する中で、子供や出産適齢期の女性の栄養ギャップを埋めるのにどのように役立つかを研究する。
- GuessWhat;自閉症の子どもたちが社会的スキルを身につけるのを助けたりするなど、AI革命を取り入れたものもある。