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2025/6/19

COVID-19と虚血性腸炎

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)の合併症、後遺症(LONG COVID)の問題は、今も続いている。これらの症状は多岐に渡り、注意深く対処する必要がある。
  • 本論文は、COVID-19のワクチンを接種しており、COVID-19の症状は軽度にも関わらず、虚血性腸炎*1を発症し、その結果、2回の開腹手術(全結腸摘出術、全小腸摘出術)を行った症例を報告する。
  • COVID-19のワクチン接種後においてもCOVID-19に罹患した患者さんが腹痛を訴えて救急受診した場合には、腸虚血の可能性が無いか注意する必要がある。
図1.

新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)が感染症法上の2類相当から5類に変更され、早2年が過ぎました。この間も、オミクロン変異株の流行は、繰り返しており、BA2.86株やJN1株を経て(「JN.1;オミクロンの新たな注目すべき変異株」 2024年2月8日参照)、現在はXEC株*2が優勢になっています。このように、ウイルスが多様化するに連れて、ウイルスの免疫逃避能は増しましたが、毒性は強くならず、幸いにも既存のワクチンが有効であることがわかり、深刻なパンデミックに至りませんでした。しかしながら、その一方で、合併症、後遺症(LONG COVID)の問題は、今も続いています。LONG COVIDと言えば、認知障害など所謂、ブレインフォグ*3が高頻度で出現することが知られていますが(「コロナ後遺症における認知障害のメカニズム」 2024年4月23日参照)、それだけではなく、多彩な症状があります。最近、ミシガン州立大学のMaryam Aleissa博士らは、これまで、3回のCOVID−19のワクチンを接種しており、COVID−19の症状は軽度にも関わらず、虚血性腸炎を発症した患者さんの症例を報告しましたので、この論文(文献1)を取り上げます。COVID-19と虚血性腸炎に関しては、高血圧、糖尿病、心不全、動脈硬化などの基礎疾患のある人において、腸管上皮細胞などに感染した新型コロナウイルスによる微小血管障害、凝固異常*4が引き金になり、腸管膜血栓症による虚血性腸炎のリスクがさらに増大するようなメカニズムが考えられますが(図1)、本症例のように重症化し、緊急手術が必要になることも多く、これまでも、いくつか同様の報告があることからもLONG COVIDにおける虚血性腸炎の重要性に関してよく把握しておく必要があります。


文献1.
Ischemic Colitis and Small Bowel Ischemia in a Vaccinated Patient with Mild COVID-19 Infection: A Case Report, Maryam Aleissa et al, Case Rep Gastroenterol 2025May 9;19(1):335-339.


【背景・目的】

COVID−19のワクチン接種は呼吸器症状には有効であるが、それ以外の合併症や後遺症に対する予防効果は不明である。本論文は、3回のCOVID−19のワクチンを接種しており、COVID−19の症状は軽度にも関わらず、虚血性腸炎を発症した症例報告を行うことにより、これを議論することを目的とする。

【症例】

患者さんは86歳女性で新型コロナウイルス感染後に腹痛を主訴として救急部門に来院した。患者さんはこれまで3回のCOVID−19のワクチンを接種しており、また、肺塞栓の既往歴があり、その予防のため抗凝固異常の治療を行っていた。

【経過】

  • 患者さんは腸炎のために入院したが、保存的治療では症状が改善しなかったので、入院し、開腹した。その結果、結腸全体が虚血状態であったので、全結腸摘出術と回腸増設術*5を行った。
  • 退院9ヶ月後に、軽い呼吸症状と右上腹部の激痛で救急部門に再来院し、画像診断の結果、気腹と腹中部の膿瘍が明らかになり再入院した。
  • 緊急開腹して、小腸は虚血状態を確認し、小腸全摘術、新規に回腸増設術を行った。病理学的検査で小腸穿孔を観察した。
  • その後、順調に退院し、現在、外来通院中である。

【結論】

COVID−19は、ワクチンを接種後においても腸虚血のリスクが高まっている可能性がある。したがって、COVID−19に罹患して間もない患者さんが腹痛を訴えて救急受診した場合には、腸虚血の可能性が無いか注意深く診察するべきである。

用語の解説

*1. 虚血性腸膜炎
虚血性大腸炎とは、大腸に栄養を送る血管の血流が妨げられ、大腸粘膜に炎症を引き起こす病気である。突然、激しい腹痛が起こり、下痢や血便を伴うのが特徴で、60代以降の高齢者や便秘気味の女性などに多く見られる病気であるが、最近では慢性的な便秘や下剤の乱用、精神的なストレスなどにより10代〜30歳代での発症が増えている。治療を行えば数日間で完治できるが、炎症が長引くことで、狭窄や穿孔といった合併症を引き起こす。
*2.XEC株
JN.1(BA.2.86.1.1)株は、とても前に流行した「BA.2株」から突然変異のように派生して、2024年初めにそれまで優勢だったXBB株に打ち勝ち流行した。そのあと、追加のスパイクタンパクが置き換わった「KP.3株」(JN.1.11.1.3)を含む様々な亜種が出てきまた。その中で、より繁殖しやすく感染させやすくするために、KS.1.1(JN.13.1.1.1)とKP.3.3(JN.1.11.1.3.3)の組み換わる系統が生まれた。これが「XEC株」である。2024年8月7日にドイツで初めて特定されたが、瞬く間に世界に広がり世界各国で優勢株になり、2024年~2025年の冬に流行の中心になった。
*3.ブレインフォグ(brain fog;脳の霧)
意識混濁あるいはメンタル・フォグ(mental fog)としても知られ、通常よりも覚醒または認知のレベルが少し低下することである。その人は、時間や周囲の状況に対して意識がなくなり、注意を払うことが難しくなる。人は、この主観的な感覚を「心が霧に包まれている」と表現する。
*4.COVID-19における凝固異常
新型コロナウイルス感染による血管障害によって生ずると考えられる。血管内皮の抗血栓性低下とともに、von Willebrand factorや凝固第VIII因子の放出、補体の活性化やフィブリノゲンの増加、さらにサイトカインストームなどの炎症に関連する要因が複雑に絡み合い、動脈、静脈、毛細血管系のいずれにおいても血栓が生じ得る状態となる。
*5.回腸増設術(回腸人工肛門造設術)
回腸に人工肛門を造設する手術

文献1
Ischemic Colitis and Small Bowel Ischemia in a Vaccinated Patient with Mild COVID-19 Infection: A Case Report, Maryam Aleissa et al, Case Rep Gastroenterol 2025May 9;19(1):335-339.