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2026/1/22

SARS-CoV-2 mRNAワクチンによるがん免疫療法の促進

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 免疫チェックポイント阻害薬(ICI)*1によるがん治療は、多くのがん患者さんで生存期間を延長するが、がんワクチンとの併用などにより効率を上げる必要がある。本プロジェクトでは、SARS-CoV-2 mRNAワクチンがICIに対する腫瘍の感受性を高めるかどうかについて、ワクチン接種・未接種のがん患者さんのアウトカム比較、マウスモデルでの解析を通して評価した。
  • ICI開始の前後100日以内にSARS-CoV-2 mRNAワクチンを接種した肺がん患者さんでは、未接種者と比して全生存期間が有意に延長した。同様の結果が、悪性黒色腫の患者さんにおいても得られた。
  • マウスモデル(B16F0 メラノーマ、 Lewis肺がん)において、SARS-CoV-2 mRNA脂質ナノ粒子(LNP)*2投与とICI 治療を併用すると腫瘍増殖を強く阻害した。
  • これらの結果は、SARS-CoV-2 mRNAワクチンが、腫瘍のICIに対する感受性を増す免疫調節因子となり得ることを示唆している。
図1.

前回まで、神経変性疾患の治療研究の領域において、認知症のリスクが低減する可能性があることをお伝えしましたが(認知症リスクとワクチン接種の関連性;システマティックレビュー・メタ解析〈2026/1/15掲載〉)、がんの治療研究においても高齢者のワクチン接種の重要性が注目されています。最近、ICIによるがん治療が行われていますが、これは、がんが “免疫のブレーキ” をかけて増殖している状態を解除し、免疫細胞ががんを攻撃できるようにする治療です。ICIは、多くのがん患者さんで生存期間を延長しますが、がんワクチンとの併用により、より効果が出る場合が多いことが知られています。しかしながら、個別化がんネオアンチゲンワクチン*3を使った治療(がん免疫療法のパーソナル医療:個別化ネオアンチゲンワクチン〈2025/5/27掲載〉)は、それ自体、複雑で時間のかかる製造プロセスであることから、ICIを使ったがんの免疫療法における大きな課題の一つでした。このような状況で、米国・テキサス大学MDアンダーソンがんセンター*4のAdam. J. Grippin博士らは、コロナウイルス感染症の治療に使われるSARS-CoV-2mRNAワクチンが腫瘍のICIに対する感受性を増加させ(図1)、ICI開始後100日以内にSARS-CoV-2 mRNAワクチンを接種することにより、3年生存率は著しく改善することを見出しました。これらの結果は、SARS-CoV-2 mRNAワクチンが、腫瘍をICIに感作できる強力な免疫調節因子であることを示す非常に意義深いものであり、最近のNature誌に掲載されましたので、今回は、この論文(文献1)を報告いたします。


文献1.
Grippin, A.J., Marconi, C., Copling, S. et al., SARS-CoV-2 mRNA vaccines sensitize tumors to immune checkpoint blockade. Nature, 647, 488–497 (2025).


【背景】

がん治療におけるICIは、単独では、治療効果が小さいが、がんワクチンとの併用により、効果が出る場合が多い。しかしながら、個別化がんネオアンチゲンワクチンを使った治療は、それ自体、複雑で時間のかかる製造プロセスによって制限され、実用的ではない。

【目的・方法】

本プロジェクトの研究目的は、SARS-CoV-2 mRNAワクチンがICIに対する腫瘍の感受性を高めるかどうかを評価することである。この目的のため、mRNAワクチン接種を受けたがん患者さんのアウトカム比較、マウスモデルでの解析を通して、この問題にアプローチした。

【結果】

  • ICI開始の前後100日以内にSARS-CoV-2 mRNAワクチンを接種した肺がん患者さん(n=180)では、未接種者(n=704)と比して全生存期間が有意に延長した(調整ハザード比 0.51)。悪性黒色腫の患者さん (接種者n=43、未接種者n=167)のコホートにおいても同様の結果が示された(調整ハザード比 0.37)。
  • これらに対して、化学療法のみを受けた患者さんでのSARS-CoV-2 mRNAワクチン接種、あるいはICI治療を受けた患者さんでの肺炎・インフルエンザに対する非SARS-CoV-2 mRNAワクチン接種の効果は有意ではなかった。
  • マウスモデル(B16F0 メラノーマ、 Lewis肺がん)において、SARS-CoV-2 mRNA脂質ナノ粒子(LNP)とICI治療は、単独では有意な生存効果を示さなかったが、併用においては腫瘍増殖を強く阻害した。抗IFNAR1抗体によってI型インターフェロン・シグナリングを阻害すると抗腫瘍反応も完全に阻害された。さらにSARS-CoV-2 mRNAがコードするタンパク質を改変しても抗腫瘍活性は変化せず、自然免疫によるSARS-CoV-2 mRNA自体の感知が抗腫瘍活性の主因であると示唆された。

【結論】

以上の結果は、臨床的に利用可能なSARS-CoV-2 mRNAワクチンが、腫瘍のICIに対する感受性を増す免疫調節因子となり得ることを示唆している。

用語の解説

*1.免疫チェックポイント阻害薬(Immune checkpoint inhibitor: ICI)
ICIは、さまざまな免疫細胞のはたらきを抑制する「免疫チェックポイント」を阻害することで、がん細胞に対する免疫を活性化・持続させる治療薬である。代表的な薬剤として、ニボルマブ(オプジーボ)、ペムブロリズマブ(キイトルーダ)などがある。
*2.脂質ナノ粒子(LNP)
LNPは、脂質を主成分とするナノサイズの粒子で、医薬品を目的の細胞へ効率的に届けるドラッグデリバリーシステム(DDS)に用いられる。特に、mRNAワクチンでは、不安定なmRNAを保護し細胞内へ運ぶ役割を担っている。
*3.個別化がんネオアンチゲンワクチン
患者さん一人ひとりのがん細胞の遺伝子変異に基づいて作られる、オーダーメイドのがん治療ワクチンである。このワクチンは、がん細胞に特有の「ネオアンチゲン」と呼ばれる異常なタンパク質を標的とし、免疫システムにがん細胞を攻撃させる。(がん免疫療法のパーソナル医療:個別化ネオアンチゲンワクチン〈2025/5/27掲載〉)参照。
*4.米国・テキサス大学MDアンダーソンがんセンター(The University of Texas MD Anderson Cancer Center)
テキサス州ヒューストンのテキサス医療センター内にある、がんの治療、研究、教育、予防を専門とする大規模がんセンターである。設立は約60周年を迎え、優秀なスタッフを育て、優れたプログラムを活用し、がん研究において世界の中心となるべく努力している。 そのミッションはがんを撲滅することである。センターは、3つの精神、「思いやり」、「誠実」、「発見」の理念に基づき16,000人以上のスタッフ及び1,600人以上のボランティアががんを克服するために働いている。医療スタッフは常に様々な患者の質問および疑問に答え、統計データを説明し、患者を勇気付けながら、様々な資料を使用して最新の診断および治療の説明を行う。また、形成外科、リハビリテーション、再発予防の分野は大きく進歩し最新の治療に取り入れられている。新しく当センターに来院される患者さんに対しては、短期ならびに長期の治療による影響を最小限に抑えながら最も効果的な治療を行うことを最終目標としている。

文献1
Grippin, A.J., Marconi, C., Copling, S. et al., SARS-CoV-2 mRNA vaccines sensitize tumors to immune checkpoint blockade. Nature, 647, 488–497 (2025).