糖尿病性神経障害プロジェクトリーダー 三五 一憲
糖尿病性神経障害プロジェクト 研究員 高久 静香
末梢神経障害は、糖尿病の慢性合併症の中で最も早期に出現します。足先の痛みやしびれは難治性で不眠や抑うつの原因ともなり、進行すれば逆に感覚が低下し、足のケガや火傷に気付かず壊疽(えそ)などを引き起こします。成因の一つとして、高血糖状態で多量に産生される最終糖化産物 (Advanced Glycation Endproducts (AGEs)) が末梢神経細胞(ニューロン)に作用し毒性を発揮することが報告されています。しかしながらその詳しいメカニズムは不明で、AGEsを標的とした治療法も開発されていません。我々は血中や組織において炎症反応に関与する「マクロファージ」という細胞に注目し、弘前大学の水上浩哉教授、遲野井祥助教等との共同研究を進めました。糖尿病モデルマウスでは正常マウスに比べ体内のAGEsが増加しており、マクロファージ上のAGE受容体(Receptor for AGE (RAGE))と結合することにより、炎症を引き起こす形質の「M1マクロファージ」が優位となります。M1マクロファージは末梢神経に集まり催炎症性物質を放出して、神経機能の維持に重要なインスリンシグナルを低下させます。するとニューロンの軸索末端から細胞体への物質の輸送(逆行性軸索輸送*)速度が低下し、細胞体の萎縮や変性が誘導されます。ところが全身もしくはマクロファージのRAGEが欠損した糖尿病マウスでは、炎症を抑制する形質の「M2マクロファージ」が優位となり、インスリンシグナルや逆行性軸索輸送速度は保たれ、細胞体の萎縮も起こりません(図)。さらには培養した感覚ニューロンを生きたまま経時的に観察する「ライブイメージング」という技術を用いて、逆行性軸索輸送を検討しました。AGEsによりM1形質へと誘導したマクロファージをニューロンと共培養すると、ニューロンの突起から細胞体への物質輸送速度が低下する様子が観察されました。本研究により、糖尿病で亢進したマクロファージAGE-RAGEシグナルが末梢神経障害の発症・増悪に関与することが明らかとなり、新たな治療標的となる可能性が示唆されました。