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覚醒神経であるセロトニン神経が脳のエネルギー代謝調節機能を持つことを発見


睡眠プロジェクト 主席研究員 夏堀 晃世

脳の縫線核に発現するセロトニン神経はほぼ全ての脳領域へ投射し、投射先の神経活動を広く調節することで気分や情動、記憶の調節に関与するほか、動物を睡眠から覚醒させる覚醒神経としての役割を持ちます。動物の覚醒時には脳全体で多くの神経が活性化し、それに伴い神経活動に用いるためのエネルギーの需要が増加すると考えられます。しかし動物覚醒時の神経のエネルギー需要増加に対応するために脳のエネルギー代謝活動がどのように調節されているか、これまで明らかになっていませんでした。これに対して我々は、覚醒神経の一つであるセロトニン神経が動物を覚醒させると同時に、広い投射先神経においてエネルギー分子であるATP(アデノシン三リン酸)(*1)の合成活動を促進させる機能を持つのではないかと考え、マウスを用いた実験によりこれを検証しました。

一連の実験の結果、セロトニン神経は主な投射先である大脳皮質において、グリア細胞 (*2)の一種であるアストロサイトを活性化させ、アストロサイトから近傍の神経への乳酸(エネルギー中間体)の供給活動を促進させることで神経のATP合成活動を促進させ、神経細胞内のATP濃度を増加させる脳内エネルギー代謝調節機能を持つことが分かりました。本研究は、睡眠障害や気分障害、不安障害などのセロトニン神経が関連する精神疾患において、脳のエネルギー代謝活動の異常やアストロサイトの機能異常が背後に存在する可能性を示し、新たな診断・治療法開発の礎となることが期待されます。

用語解説

*1) ATP(アデノシン三リン酸):
グルコース(一部は乳酸)を基に細胞内で生合成されるエネルギー分子。全ての真核生物がATPをエネルギー源として利用することから「生体のエネルギー通貨」と呼ばれる。
*2) グリア細胞:
脳を構成する細胞のうち神経以外の細胞の総称。神経の形や機能をサポートする役割を持つ。形態と機能によりアストロサイト・ミクログリア・オリゴデンドロサイト・上衣細胞の4種類に分類される。

参考文献

Natsubori, A., Hirai, S., Kwon, S., Ono, D., Deng, F., Wan, J.,Miyazawa, M., Kojima, T., Okado, H., Karashima, A., Li, Y., Tanaka, K.F., Honda, M.
Serotonergic neurons control cortical neuronal intracellular energy dynamics by modulating astrocyte-neuron lactate shuttle. iScience, 26(1):105830, 2023.
DOI: https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.105830

図:セロトニン神経による脳内エネルギー代謝調節のメカニズム
図:セロトニン神経による脳内エネルギー代謝調節のメカニズム
セロトニン神経の光刺激により、マウスが睡眠から覚醒すると同時に、大脳皮質のアストロサイトの活性化(細胞内 Ca2+ とcAMP シグナル増加)が生じてアストロサイトから神経への乳酸の供給活動が促進し、この乳酸を用いた合成活動により神経の細胞内ATP濃度が増加しました。


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