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Claspin は、PI3K-PDK1-mTOR 経路の制御を介して血清飢餓からの増殖再開に必須の役割を果たす


ゲノム動態プロジェクト 研究員 楊 其駿

PI3K-mTOR 経路は、細胞の増殖を制御する重要な経路です。特に細胞が成長準備をする細胞周期 G1/G0 期の段階で働きます。この経路は、栄養の状態に応じて活性化され、癌を含む様々な病気と関連しています。また、細胞のS 期(複製期)では、複製ストレスチェックポイント経路が DNA の損傷を防ぐ役割を果たします。これらの経路を正確に制御することは、がん細胞の発生をもたらすゲノムの不安定性を防ぐために不可欠です。

生物は、様々なストレスに対処するために進化してきました。複製ストレスに対する細胞の応答では、上流の ATR というキナーゼからシグナルが送られ、下流の Chk1 というキナーゼに伝達されます。これにより、細胞の複製と分裂が一時停止し、複製の障害を除去し複製を再開する時間を与えます。Claspin は、この複製ストレスチェックポイント応答において重要な役割を果たし、ゲノムの完全性の維持に貢献します。興味深いことに、細胞核で働くと考えられている Claspin 依存性複製チェックポイント経路は、従来主に細胞質で起こると考えられてきた PI3K-mTOR 経路と関連すると想定されていませんでした。しかし、最近の報告では核内にも PI3K-mTOR 経路の因子が存在することが示されています。

今回、私たちは、栄養誘導性のシグナル伝達経路における Claspin の新しい役割を発見しました。この発見により、 Claspin が PI3K-PDK1-mTOR 経路とその下流因子の活性化に重要な役割を果たし、血清による細胞の成長再開と生存に不可欠であることが明らかになりました。Claspin は細胞の栄養応答や成長の制御経路と、複製障害によるチェックポイント経路の両者に仲介分子として関与し、両経路の統合的な制御に重要な役割を果たします。

今回の研究は、がんの発生において、最も重要な役割を果たす2つの細胞内経路、細胞の増殖制御経路と複製ストレス応答経路が、相互にクロストークしていることを初めて明らかにしました。この発見は、癌治療の標的や戦略の開発に、重要な新たな視点を与えるものです。

図
図:細胞のDNA複製ストレス応答は脂質キナーゼであるATRが、メディエーターのClaspinを介してエフェクターキナーゼであるChk1を活性化します。 一方、栄養(血清)誘導性の細胞増殖では、血清飢餓から増殖が開始されると、別の脂質キナーゼである PI3キナーゼが活性化され、Claspinを介してエフェクターキナーゼ PDK1を呼び込み、PI3K-mTOR経路の活性化に重要な役割を果たします。


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