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ZBTB18/RP58ハプロ不全による知的障害モデルマウスで興奮性シナプス障害を発見


精神行動医学研究分野 シニア研究員 岡戸 晴生

知的障害は、最近は知的発達症とも言われるもので、発達期に生じる障害です。知的障害は、知的能力と適応能力に制約を伴う状態で、そのため社会生活上問題になることがありますが、いまだに根本的な予防法、治療法は確立していません。診断には、知能指数 70未満や適応能力を参考とすることが多く、人口の1-3%が罹患していると考えられています。原因不明のものが多いですが、栄養、外傷、中毒など環境要因の他、遺伝子変異、染色体異常という先天的な原因で生じるケースもあります。例えば、染色体異常である、1q43-44微小欠失症候群は知的障害を発症しますが、その原因の一つが、特定の遺伝子の発現を抑制する働きのある転写抑制因子 ZBTB18/RP58(以下 RP58と記載します)の欠失と考えられています。さらに、知的障害患者の中に、多くの RP58遺伝子単独の突然変異が報告され、RP58ハプロ不全という、RP58 の遺伝子機能が半減することでも、知的障害の原因になると考えられます。私たちは、RP58ハプロ不全による知的障害のモデルとして、RP58ヘテロ欠損マウスを解析しました。

RP58 ヘテロ欠損マウスは、作業に必要な情報を一時的に保存し処理する能力であるワーキングメモリーの低下や運動学習障害など認知障害に相当する行動特性を示します。水迷路テストでは、空間学習能は正常でしたが、逆転学習能の低下が見出されました。これは、認知記憶能の柔軟性の低下のためであり、知的障害患者の適応能力の低下に相当すると考えられます。脳の形態的解析においてもRP58ハプロ不全患者と同様の、左右の大脳半球をつなぐ神経線維の束である脳梁の尾側の形成不全を示します。したがって、RP58ヘテロ欠損マウスは RP58ハプロ不全による知的障害のモデルマウスとして妥当と考えられます。その他、興奮性シナプス伝達の担い手であるグルタミン酸受容体の発現低下、グルタミン酸受容体の一つで、記憶学習の担い手である NMDA 受容体の応答不全、興奮性シナプスの後部の棘状構造であるスパインの成熟不全など、患者では調べることが困難な異常を、このモデルマウスを用いることで明らかにすることができました(図参照)。

以上、RP58の発現量の不足が知的障害を引き起こすことがマウス実験で実証され、その原因の一つが、興奮性シナプスの異常であることが示唆されました。しかし、RP58発現低下がどのようなメカニズムでシナプス障害を引き起こしているか、不明です。今後、RP58の標的遺伝子を同定することにより、その機序を解明することが必要で、その際にこのモデルマウスが有用と考えられます。このモデルマウスを解析することで、RP58ハプロ不全患者の知的障害の予防法、治療法の開発の糸口を得ることが期待されます。

本研究は、主に、平井清華(旧神経細胞分化プロジェクト・研究員)、三輪秀樹(国立精神神経医療センター・室長)、新保裕子(睡眠プロジェクト・補助員)、平井志伸(フロンティア研究室・脳代謝制御グループリーダー・主席研究員)との共同研究です。

図1

【論文】

Hirai, S., Miwa, H., Shimbo, H., Nakajima, K., Kondo, M., Tanaka, T., Ohtaka-Maruyama, S., Hirai, S. Okado, H. (2023). The mouse model of intellectual disability by ZBTB18/RP58 haploinsufficiency shows cognitive dysfunction with synaptic impairment. Molecular Psychiatry, Feb 1
doi: 10.1038/s41380-023-01941-3.