世界人口の高齢化にともない、高齢期の幸福感を支える要因の解明に国際的関心が集まっています。特に、出生から高齢期までの人生を連続的に俯瞰し、若い頃のライフステージ(思春期・青年期など)のどのような要因が高齢期の幸福感を高めるのか、そうした問いを人生縦断的な実証研究(ライフコース疫学研究)によって明らかにすることが期待されています。
当研究所・社会健康医学研究センターの山﨑修道主席研究員、西田淳志センター長らは、ロンドン大学と共同研究を行い、第二次世界大戦直後に英国全土で開始され60年以上にもわたって継続されてきた大規模追跡調査のデータを分析し、思春期の時点で抱いていた価値意識、具体的には「興味や好奇心を大切にしたい」という価値意識が、高齢期の高い幸福感を予測することを世界ではじめて明らかにしました。
この結果は、高齢期の幸福感を高めるためには、思春期・青年期の若者たちの興味や好奇心などの内発的動機をはぐくむ環境づくりが大切であることを示唆しています。
本研究成果は、2020年9月16日(水曜日)に、英国科学誌「The Journal of Positive Psychology」オンライン版に掲載されました。
これまでの研究で、年齢を重ねた高齢期に幸福感が高いと、心身の健康も維持されることが明らかになっていますが、若い頃の何が、高齢期の幸福感を高めるのか分かっていませんでした。若い頃の様々な欲求や誘惑に負けずに自分をコントロールする力(自己コントロール力)は、成人した後の経済的な成功を左右しますが、幸福感の指標である人生を振り返った時の満足感(人生満足感)とは関係しません。高齢期の人生満足感は、自分をコントロールできるかどうかよりも,何のために自分をコントロールするのかという「動機」によって左右されると考えられます。
本研究では、60年以上にわたる大規模追跡調査により、思春期の時点で「興味や好奇心を大切にしたい」という価値意識(内発的動機)を強く抱いた若者は、高齢期の人生満足感が高いことを実証しました。さらに、自己コントロール力が低い若者が、「金銭や安定した地位を大切にしたい」という価値意識(外発的動機)を強く抱いた場合、高齢期の人生満足感が顕著に低くなることも分かりました(図1)。
この結果からは、年齢を重ねて人生を振り返った時に、良い人生だったと思えるためには、若者自身の興味や好奇心をはぐくむための周囲の助けや教育環境が大切であることが示唆されます。今後は、どのような教育施策が若者一人一人の興味・好奇心を支えるために有効なのか、長期追跡研究から明らかにしていく必要があります。
自己コントロール力が低い若者(オレンジ色)が、外発的動機を強く抱いた場合、高齢期の人生満足度が顕著に低くなる。
本研究は、文部科学省科研費新学術領域研究「脳・生活・人生の統合的理解にもとづく思春期からの主体価値発展学」、英国Medical Research Council、東京都医学総合研究所プロジェクト研究費の研究助成を受けて実施しました。