東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2020年10月22日
分子医療プロジェクトの梶原直樹主任研究員(現ウイルス感染プロジェクト)、芝崎太参事研究員(現病院等連携支援センター 客員研究員)らは「H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスの細胞膜透過性ペプチドによる細胞侵入機構」について英国科学誌 Scientific Reports に発表しました。

H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスの新しい感染の仕組み
〜膜透過性ペプチドを用いた細胞侵入経路の解明〜

分子医療プロジェクトの梶原直樹主任研究員(現ウイルス感染プロジェクト)、芝崎太参事研究員(現病院等連携支援センター 客員研究員)は、感染制御プロジェクト 小原道法シニア研究員のグループおよび北海道大学 迫田義博教授、喜田宏特別招聘教授と共同で、「H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスが膜透過性ペプチド(*1)を用いて細胞内に侵入する新たな仕組み」を発見しました。本研究成果は、H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスの感染対策に貢献することが期待され、2020年10月22日(木曜日)10時(英国標準時)に、英国科学誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。


<論文名>
"Cell-penetrating peptide-mediated cell entry of H5N1 highly pathogenic avian influenza virus"
(H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスの膜透過性ペプチドを用いた細胞侵入機構)
<著者>
梶原直樹、野村奈美子、宇梶麻紗子、山本直樹、小原道法、安井文彦、迫田義博、喜田 宏、芝崎 太
<発表雑誌>
英国科学誌「Scientific Reports」
DOI : https://doi.org/10.1038/s41598-020-74604-w
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-020-74604-w

研究の背景

インフルエンザは、インフルエンザウイルス(*2)によって引き起こされる呼吸器の感染症です。インフルエンザウイルスは、自然界に広く分布しており、ヒト以外にも鳥などの様々な動物で検出されます。日本国内で冬期に流行する季節性インフルエンザウイルスに対して、鳥や他の動物からヒトに感染し、ヒトの間で効率良く感染できるようになったウイルスを新型インフルエンザウイルスと呼びます。人類は新型のウイルスに対して免疫を持たないため、新型インフルエンザウイルスが出現すると、急速かつ大規模に感染が拡大し、重大な健康被害をもたらすおそれがあります。

1997年、H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスのヒトへの感染が香港で初めて報告されました。幸い、ヒトからヒトへの持続的な感染は発生していませんが、2003年以降、アジア、中東、アフリカなどでも感染者が確認され、その半数以上が死亡しています。これらのことから、H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスの世界的大流行が危惧されるにもかかわらず、鳥のインフルエンザウイルスがヒトへ感染する仕組みは、ほとんどわかっていませんでした。

研究の概要

この度、梶原研究員らは、H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスが感染に重要なウイルス表面タンパク質であるヘマグルチニン内に塩基性アミノ酸の連続した配列を持つことに焦点をあて、ヘマグルチニンの314から346番目のアミノ酸配列(HA314-46)が細胞膜を透過する性質を示すことを明らかにしました。また、339から346番目の連続した塩基性アミノ酸に加えて、インフルエンザウイルスの間でよく保存されている318番目のシステイン残基が細胞膜の透過性に重要であることを突き止めました。この膜透過性ペプチドとしての特性は、ヒトの細胞のみならず、肺組織においても確認されました。さらに、膜透過性のメカニズムを解析したところ、HA314-46は細胞表面のプロテオグリカン(*3)結合し、生理的な物質取り込み機構であるエンドサイトーシス(*4)(主にマクロピノサイトーシス)によって細胞内に取り込まれることを見出しました。そして、共同研究者の小原研究員のグループおよび迫田教授、喜田教授と共同で、HA314-46の配列を持つ組み換えインフルエンザウイルスが既知の感染経路であるシアル酸を欠失した細胞にも感染可能であること、HA314-46の配列を持つウイルスの感染効率はHA314-46の配列を持たないウイルスより著しく高いことを証明しました。

本研究から、H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスは、既知の感染経路に加えて、膜透過性ペプチドを用いた新たな感染の仕組みを持っていることが明らかになりました。この研究成果は、これまで予想されなかった新たな視点から「鳥のインフルエンザウイルスがヒトへ感染するメカニズム」を証明したものであり、感染症の研究分野に新しい学術的理解をもたらす可能性があります。

今後の展望

本研究成果を足がかりとして、高病原性鳥インフルエンザウイルスの感染機序に関する研究がさらに進展することが期待されます。また、感染に寄与する受容体の同定など、分子レベルの解明が進めば感染阻害薬の開発につながり、高病原性鳥インフルエンザウイルスの感染対策に貢献することが見込まれます。

【参考図】

参考図

H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスの膜透過性ペプチドを用いた細胞侵入経路の模式図

用語解説

*1) 膜透過性ペプチド:
細胞膜を通過し、細胞内に移行可能なペプチドを総称して、膜透過性ペプチドと呼ぶ。一般に、30個程度のアミノ酸で構成され、配列の特性により塩基性、両親煤性、疎水性の3つに大別される。TATペプチドに代表される天然のタンパク質由来のペプチドからポリアルギニンのような合成ペプチドまで、現在までに100種類以上の膜透過性ペプチドが報告されている。
*2) インフルエンザウイルス:
インフルエンザウイルスはA型、B型、C型に大きく分類されますが、ヒトで大きな流行を引き起こすのはA型とB型です。A型インフルエンザウイルスはさらに、ウイルス表面の二種類のタンパク質(ヘマグルチニンとノイラミニダーゼ)の組み合わせによって、H5N1などの亜型に分類されます。現在知られている高病原性鳥インフルエンザウイルスは、すべてH5とH7の亜型です。この「高病原性」とは鳥に対する病原性を示しており、高病原性鳥インフルエンザウイルスはヘマグルチニンの開裂部位に塩基性アミノ酸の連続配列を持つことが知られています。
*3) プロテオグリカン:
プロテオグリカンは、コアタンパク質にグリコサミノグリカンと呼ばれる糖鎖が結合した糖とタンパク質の複合体です。脳や皮膚の組織の維持や修復に関係しているほか、細胞表面などにも存在し、細胞増殖因子などと相互作用して、それらの生理活性を調節している。
*4) エンドサイトーシス:
細胞が細胞外の物質を取り込む機構の一つ。極性(電気的な偏り)を持ち、大きな分子は細胞膜を通り抜けることができないため、エンドサイトーシスによって細胞内に輸送される。取り込む物質の種類やその機構の違いから、ファゴサイトーシスとピノサイトーシスに分けられる。ファゴサイトーシスは免疫細胞が異物を取り込み、分解・排除する機構であるのに対して、ピノサイトーシスは、全ての細胞で行われている生理的な物質取り込み機構であり、クラスリン介在性エンドサイトーシス、カベオラ介在性エンドサイトーシス、マクロピノサイトーシスが知られている。

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