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2021年6月24日
統合失調症プロジェクトの鳥海和也主任研究員らは「メチルグリオキサール除去機構の障害が統合失調症様行動異常を生じるメカニズムを解明」についてElsevierの科学誌「Redox Biology」に発表

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メチルグリオキサール除去機構の障害が統合失調症様行動異常を生じるメカニズムを解明

統合失調症プロジェクトの鳥海和也主任研究員、糸川昌成副所長、新井誠プロジェクトリーダーは、一部の統合失調症患者で認められる「メチルグリオキサール除去機構の障害(Glyoxalase 1機能欠損とビタミンB6の欠乏の組み合わせ)」は、前頭皮質におけるミトコンドリア機能障害を引き起こし、酸化ストレスを亢進させ、統合失調症様行動障害を惹起することを明らかにしました。

本研究はUniversity of Texas Southwestern Medical Center、明治薬科大学、東京大学、東北大学との共同で研究を行い、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラムに係る発達障害・統合失調症等の克服に関する研究(発達障害・統合失調症・てんかん等の鑑別、病態、早期診断技術及び新しい疾患概念に基づいた革新的治療・予防法の開発)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業、公益財団法人上原記念生命科学財団、公益財団法人住友財団、公益財団法人 かなえ医薬振興財団、公益財団法人 先進医薬研究振興財団の研究助成により実施しました。

この研究成果は、2021年6月24日にElsevierの科学誌『Redox Biology』にオンライン掲載されました。

<論文名>
“Combined glyoxalase 1 dysfunction and vitamin B6 deficiency in a schizophrenia model system causes mitochondrial dysfunction in the prefrontal cortex”
(統合失調症モデルにおけるグリオキサラーゼ1の機能不全とビタミンB6の欠乏の組み合わせは、前頭皮質のミトコンドリア機能不全を引き起こす)
<発表雑誌>
Redox Biology
DOI:10.1016/j.redox.2021.102057
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2213231721002160

発表のポイント

  • 一部の統合失調症患者で認められる「メチルグリオキサール除去機構の障害(Glyoxalase 1機能欠損とビタミンB6欠乏)」を模したマウスモデル(KO/VB6(-))を作成したところ、プレパルスインヒビション障害など統合失調症様行動障害を示しました。
  • KO/VB6(-)マウスでは、前頭皮質、海馬、線条体において、MGの蓄積が認められました。
  • KO/VB6(-)マウスの前頭皮質において、ミトコンドリア関連遺伝子の発現変動が認められました。
  • KO/VB6(-)マウスの前頭皮質から単離したミトコンドリアは呼吸鎖障害を示し、前頭皮質では酸化ストレスの亢進が認められました。

研究の背景

メチルグリオキサール(MG)は、解糖系の副産物として生じる反応性の高いα-ケトアルデヒドの一種です(1)。MGの蓄積はミトコンドリアの機能低下や活性酸素種(ROS)の生成を生じ、酸化ストレスを増加させ、様々な組織や臓器の損傷を引き起こすことが知られています(2)。また、MGはタンパク質やDNAなどの生体分子と反応することで、終末糖化産物(AGEs)を形成し、正常な機能を喪失させることが知られています(3, 4)。毒性の高いMGを除去するために、生体内では様々な解毒システムが協働しており、Glyoxalase 1(GLO1)及びGLO2によりMGを酵素的に分解するグリオキサラーゼシステムやビタミンB6(VB6)によるMGのスカベンジシステムなどが知られています。

統合失調症は、幻覚や妄想などの陽性症状、快感消失や感情の平板化などの陰性症状、そして認知機能障害を特徴とする精神疾患です。私たちはこれまで、統合失調症患者内にGLO1遺伝子内に酵素活性を低下させる新規のバリアント及びフレームシフトを有する一群が存在することを報告してきました(5)。さらに、約35%の統合失調症患者では、末梢血中のVB6(ピリドキサール)濃度が正常値以下であることも報告してきています(男性:6ng/ml未満、女性:4ng/ml未満と定義)。これら統合失調症患者に認められたMG解毒機構の障害はMGの蓄積を引き起こし、統合失調症の病態に関与している可能性がありますが、その障害分子機序については分かっていませんでした。

発表内容

本研究では、Glo1ノックアウトマウスにVB6欠乏餌を与えることで、MG解毒機構の障害を有する統合失調症患者の新たなモデルマウスを作成し、GLO1機能障害とVB6欠乏が相加的・相乗的に脳機能に及ぼす影響を評価しました。その結果、VB6欠乏餌を給餌したGlo1 KOマウス(KO/VB6(-))では、血漿中のホモシステインが増加し、前頭皮質(PFC)、海馬、線条体においてはMGの蓄積が認められ、社会性行動障害や認知記憶障害、プレパルスインヒビション(PPI)抑制試験における感覚運動情報制御機能障害などの行動障害を示しました。

また、KO/VB6(-)マウスのPFCでは、ミトコンドリア機能に関連する遺伝子の発現に異常があることを、RNA-seqによる網羅的な遺伝子発現解析および重み付け遺伝子共発現ネットワーク解析(WGCNA)により明らかにしました。さらに、KO/VB6(-)マウスのPFCよりミトコンドリアを単離し、ミトコンドリア呼吸鎖能を評価したところ、障害を生じていることが明らかとなり、それに伴いH2O2や8-OHdG、MDAなど酸化ストレス指標が、亢進しているという結果が得られました。

これらの結果は、GLO1機能障害とVB6欠損が組み合わさることで、PFCにおけるミトコンドリアの機能障害及び酸化ストレスの亢進が生じ、結果として統合失調症様行動障害が引き起こされていることを示唆するものです

図:成果の概要

図:成果の概要

今後の展開

本研究は、MG除去機構の障害が統合失調症の発症に関与していることを示した初めての研究成果です。本研究で明らかになった障害メカニズムを考慮すると、MG除去機構障害(GLO1機能障害とVB6欠損)を有する患者さんに対しては、酸化ストレスを防ぐ抗酸化物質やVB6の補充が新たな治療戦略として有効である可能性があります。

用語解説

重み付け遺伝子共発現ネットワーク解析(WGCNA):
複数サンプルにおける遺伝子発現プロファイルを用いて、発現遺伝子内のすべてのペアの発現パターンの類似性を評価し、似通った遺伝子発現パターンを示すネットワークを抽出する方法です。
酸化ストレス:
体内において酸化反応が亢進し、細胞や組織に障害をもたらしている状態です。酸化ストレスの指標としては、活性酸素種である過酸化水素H2O2や過酸化脂質であるマロンジアルデヒド(MDA)、酸化修飾されたDNAである8-hydroxy-2'-deoxyguanosine (8-OHdG)などが用いられます。

引用文献

  • N. Rabbani, P. J. Thornalley, Dicarbonyl stress in cell and tissue dysfunction contributing to ageing and disease. Biochem Biophys Res Commun 458, 221-226 (2015).
  • P. J. Thornalley, Endogenous alpha-oxoaldehydes and formation of protein and nucleotide advanced glycation endproducts in tissue damage. Novartis Found. Symp. 285, 229-243; discussion 243-226 (2007).
  • A. R. Hipkiss, On the Relationship between Energy Metabolism, Proteostasis, Aging and Parkinson's Disease: Possible Causative Role of Methylglyoxal and Alleviative Potential of Carnosine. Aging Dis. 8, 334-345 (2017).
  • N. Rabbani, M. Xue, P. J. Thornalley, Methylglyoxal-induced dicarbonyl stress in aging and disease: first steps towards glyoxalase 1-based treatments. Clin. Sci. (Lond.) 130, 1677-1696 (2016).
  • M. Arai et al., Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch. Gen. Psychiatry 67, 589-597 (2010).

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