統合失調症プロジェクトの鳥海和也主任研究員、糸川昌成副所長、新井誠プロジェクトリーダーは、一部の統合失調症患者で認められる「メチルグリオキサール除去機構の障害(Glyoxalase 1機能欠損とビタミンB6の欠乏の組み合わせ)」は、前頭皮質におけるミトコンドリア機能障害を引き起こし、酸化ストレスを亢進させ、統合失調症様行動障害を惹起することを明らかにしました。
本研究はUniversity of Texas Southwestern Medical Center、明治薬科大学、東京大学、東北大学との共同で研究を行い、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラムに係る発達障害・統合失調症等の克服に関する研究(発達障害・統合失調症・てんかん等の鑑別、病態、早期診断技術及び新しい疾患概念に基づいた革新的治療・予防法の開発)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業、公益財団法人上原記念生命科学財団、公益財団法人住友財団、公益財団法人 かなえ医薬振興財団、公益財団法人 先進医薬研究振興財団の研究助成により実施しました。
この研究成果は、2021年6月24日にElsevierの科学誌『Redox Biology』にオンライン掲載されました。
メチルグリオキサール(MG)は、解糖系の副産物として生じる反応性の高いα-ケトアルデヒドの一種です(1)。MGの蓄積はミトコンドリアの機能低下や活性酸素種(ROS)の生成を生じ、酸化ストレスを増加させ、様々な組織や臓器の損傷を引き起こすことが知られています(2)。また、MGはタンパク質やDNAなどの生体分子と反応することで、終末糖化産物(AGEs)を形成し、正常な機能を喪失させることが知られています(3, 4)。毒性の高いMGを除去するために、生体内では様々な解毒システムが協働しており、Glyoxalase 1(GLO1)及びGLO2によりMGを酵素的に分解するグリオキサラーゼシステムやビタミンB6(VB6)によるMGのスカベンジシステムなどが知られています。
統合失調症は、幻覚や妄想などの陽性症状、快感消失や感情の平板化などの陰性症状、そして認知機能障害を特徴とする精神疾患です。私たちはこれまで、統合失調症患者内にGLO1遺伝子内に酵素活性を低下させる新規のバリアント及びフレームシフトを有する一群が存在することを報告してきました(5)。さらに、約35%の統合失調症患者では、末梢血中のVB6(ピリドキサール)濃度が正常値以下であることも報告してきています(男性:6ng/ml未満、女性:4ng/ml未満と定義)。これら統合失調症患者に認められたMG解毒機構の障害はMGの蓄積を引き起こし、統合失調症の病態に関与している可能性がありますが、その障害分子機序については分かっていませんでした。
本研究では、Glo1ノックアウトマウスにVB6欠乏餌を与えることで、MG解毒機構の障害を有する統合失調症患者の新たなモデルマウスを作成し、GLO1機能障害とVB6欠乏が相加的・相乗的に脳機能に及ぼす影響を評価しました。その結果、VB6欠乏餌を給餌したGlo1 KOマウス(KO/VB6(-))では、血漿中のホモシステインが増加し、前頭皮質(PFC)、海馬、線条体においてはMGの蓄積が認められ、社会性行動障害や認知記憶障害、プレパルスインヒビション(PPI)抑制試験における感覚運動情報制御機能障害などの行動障害を示しました。
また、KO/VB6(-)マウスのPFCでは、ミトコンドリア機能に関連する遺伝子の発現に異常があることを、RNA-seqによる網羅的な遺伝子発現解析および重み付け遺伝子共発現ネットワーク解析(WGCNA)により明らかにしました。さらに、KO/VB6(-)マウスのPFCよりミトコンドリアを単離し、ミトコンドリア呼吸鎖能を評価したところ、障害を生じていることが明らかとなり、それに伴いH2O2や8-OHdG、MDAなど酸化ストレス指標が、亢進しているという結果が得られました。
これらの結果は、GLO1機能障害とVB6欠損が組み合わさることで、PFCにおけるミトコンドリアの機能障害及び酸化ストレスの亢進が生じ、結果として統合失調症様行動障害が引き起こされていることを示唆するものです
図:成果の概要
本研究は、MG除去機構の障害が統合失調症の発症に関与していることを示した初めての研究成果です。本研究で明らかになった障害メカニズムを考慮すると、MG除去機構障害(GLO1機能障害とVB6欠損)を有する患者さんに対しては、酸化ストレスを防ぐ抗酸化物質やVB6の補充が新たな治療戦略として有効である可能性があります。