当研究所糖尿病性神経障害プロジェクトの八子英司研究員、三五一憲プロジェクトリーダーらは、愛知学院大学の加藤宏一教授等との共同研究により、高グルコース環境下における外因性ピルビン酸の糖代謝制御機構を明らかにしました。研究成果は、2021年9月23日にScientific Reportsにオンライン掲載されました。
ピルビン酸は解糖系の最終代謝産物であり、嫌気的・好気的環境下におけるアデノシン3リン酸 (ATP)産生に重要です。その機能は内因性と外因性に分けられ、解糖系により産生される内因性ピルビン酸はエネルギー産生の他に細胞死の抑制などに関与します。細胞外からトランスポーターを介して取り込まれる外因性ピルビン酸は、解糖系、Tricarboxylic acid (TCA)回路を加速させるとともに、抗酸化作用を有しています。糖尿病モデル動物にピルビン酸を投与することで、糖尿病の慢性合併症である網膜症と腎症を改善しますが、神経障害に関する有用性は明らかになっていません。末梢神経を構成するシュワン細胞や後根神経節感覚ニューロンを「ピルビン酸を含まない高グルコース培養液」に暴露すると、短時間で細胞死が誘導されました。本研究ではこの細胞死のメカニズムを糖代謝(解糖系およびその側副路、ミトコンドリアのTCA回路)に着目し解析しました。
ピルビン酸を含まない10 mM以上のグルコース濃度の培地にラット感覚ニューロンやマウスシュワン細胞株IMS32を暴露すると、24時間以内に細胞死が誘導されることを確認しました。この細胞死はTCA回路産物の一部 (2-オキソグルタル酸など)、Poly (ADP-ribose) polymerase (PARP)阻害剤ルカパリブ、ビタミンB1誘導体ベンフォチアミン、Aldose reductase (AR)阻害薬ラニレスタットなどにより抑制されました。高グルコース・外因性ピルビン酸欠乏環境下では、解糖系速度と解糖系酵素GAPDH活性の低下、ミトコンドリア呼吸量とATP産生量の低下、解糖系側副路であるポリオール代謝産物の蓄積などが観察されました。これらの結果から、この細胞死は、①ミトコンドリアでの代謝とATP産生量の低下、②GAPDH活性の減弱、③解糖系速度の低下、ポリオール代謝経路などの解糖系側副路の亢進、④ヘキソキナーゼ活性の減弱、⑤ポリオール代謝経路のさらなる亢進によることが示唆されました。
本研究により、高グルコース環境下において外因性ピルビン酸が糖代謝を制御していることが示唆されました。近年、糖尿病モデル動物や糖尿病患者では、血中ピルビン酸濃度の減少が報告されており、糖尿病モデル動物を用いたピルビン酸の神経障害に対する有用性を解析する必要があります。この研究を通じて、糖尿病性神経障害の病態解明と新規治療薬の開発につなげたいと考えています。
高グルコース・外因性ピルビン酸欠乏環境下におけるシュワン細胞の代謝変化
高グルコース・外因性ピルビン酸欠乏環境下における細胞死は、1)TCA回路産物とミトコンドリアATP産生量の減少、2)GAPDH活性と解糖系速度の減弱、3)ポリオール代謝経路などの解糖系側副路の亢進、4)ヘキソキナーゼ (HK)活性の減少、5)ポリオール代謝経路のさらなる亢進によると考えられる。