笠井 清登 | (東京大学大学院医学系研究科 精神医学分野・医学部附属病院 精神神経科 教授/東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)主任研究者) |
岡田 直大 | (東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)特任准教授) |
西田 淳志 | (東京都医学総合研究所 社会健康医学研究センター センター長) |
東京大学 大学院医学系研究科の笠井清登教授、東京大学 国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構の岡田直大特任准教授、当研究所 社会健康医学研究センターの西田淳志センター長らのグループは、約3,000名の10歳児を対象としたコホート調査から、生まれ順が遅い子どもでは生まれ順が早い子どもと比べて、向社会性(注4)が高いことを示しました。また、その一部である約200名を対象とした磁気共鳴画像法(MRI、注5)の研究により、遅い生まれ順と高い向社会性との関連を扁桃体の体積が媒介することや、扁桃体と前頭前野(注6)との機能的ネットワークの媒介効果に性差があることを示しました。生まれ順が思春期の脳発達に作用し、さらに社会性の発達に影響を与えることを明らかにした、初めての成果です。思春期は精神の発達に重要な時期であり、向社会性は心のしなやかさ(レジリエンス)と関係していることから、本研究結果は思春期における心の健康増進に貢献する可能性が期待されます。
本研究成果は、2021年11月8日午前10時(英国標準時)に英国科学誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金や厚生労働科学研究費補助金、日本医療研究開発機構委託研究開発費などの支援を得て実施されました。
生まれ順は小児の発達にとって重要な環境因子です。生まれ順が遅いと、きょうだい間の競争でストレスを受けやすく、あるいは、親との愛着や親からの資源が少なくなりやすいこともあり、相対的に安心を感じにくい傾向があるとされています。また先行研究では、生まれ順が早いと知能が高くなることが示されていました。一方生まれ順が社会的行動と関連しているかどうかについては、複数の先行研究により報告されていますが、年代等により結果が異なり議論の余地がありました。向社会性は小児期に出現し思春期早期(注7)までに発達することが知られており、生まれ順が向社会性に与える影響を思春期早期の児を対象に調査することは、有意義であると考えました。
社会性やその一種である向社会性と関連する脳の部位やネットワークについては、近年の脳MRI研究により明らかにされてきていましたが、社会的認知が発達する思春期において生まれ順が与える影響の、脳神経メカニズムは未知でした。社会性に関連する脳部位は複数知られていますが、その中でも扁桃体は特に、ストレス等の環境因子により影響を受けやすい部位と考えられています。このことから今回、環境因子である生まれ順が扁桃体の発達に作用し、さらには向社会性の発達に影響を与えるという仮説を立てました
本研究でははじめに、大規模人口ベースの思春期コホートである東京ティーンコホート調査を用いて、思春期早期において生まれ順が向社会性に与える影響を調べました。向社会性は、対象となる思春期児の親が「子どもの強さと困難さアンケート」に回答することにより、評価されました。次に、東京ティーンコホート調査の一部の参加者を対象として、脳構造MRI画像(注8)と安静時脳機能MRI画像(注9)の撮像を実施し、生まれ順と向社会性との関連に対する、扁桃体体積および扁桃体機能的ネットワークの媒介効果をそれぞれ調べました。
第一に、生まれ順が遅い思春期児では生まれ順が早い児と比べて、向社会性が高いことを示しました(対象:3160名、平均年齢:10.2歳)。第二に、「生まれ順が2番目以降」→「扁桃体体積が大きい」→「向社会性が高い」という関連を見出しました(対象:208名、平均年齢:11.6歳)(図1)。第三に、生まれ順が2番目以降では扁桃体と前頭前野との機能的ネットワークが相対的に大きくなり、さらに、「生まれ順が2番目以降」→「扁桃体と前頭前野との機能的ネットワークが大きい」→「向社会性が高い」という関連に有意な性差が認められることを見出しました(対象:183名、平均年齢:11.7歳)。「生まれ順が2番目以降」→「扁桃体と前頭前野との機能的ネットワークが大きい」→「向社会性が高い」という関連が、女児ではその傾向が示唆される一方で、男児ではむしろ逆の傾向が認められました。
本研究は、生まれ順という非遺伝的環境因子が、異なる神経基盤を通じて思春期の社会性発達に影響を与えることを示した、初めての成果です。生まれ順が遅い児では、相対的に安心を感じにくい環境に対して、その環境への適応戦略として、扁桃体の発達を通じて向社会性を高めると推測されます。生まれ順が早い長子や一人っ子では知能の発達において有利であるのに対し、生まれ順が遅い子は向社会性の発達において有利であり、それぞれの強み、生存戦略が異なる可能性が考えられます。また思春期は精神の発達に重要な時期であり、向社会性は心理的レジリエンスと関係していることから、本研究結果は思春期における心の健康増進に貢献する可能性が期待されます。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金「学術変革領域研究(課題番号:JP21H05171、JP21H05174)」、厚生労働科学研究費補助金「成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業(健やか次世代育成総合研究事業)(課題番号:JPMH20DA1001)」、日本医療研究開発機構委託研究開発費「戦略的国際脳科学研究推進プログラム(課題番号:JP20dm0307001、JP20dm0307004)」などの支援を得て実施されました。
図1:生まれ順と向社会性との関連に対する扁桃体体積の媒介効果