特集

新プロジェクトの紹介(幹細胞制御プロジェクト)


幹細胞制御プロジェクトリーダー 指田 吾郎

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幹細胞制御プロジェクトリーダー 指田 吾郎

「幹細胞制御プロジェクト」で老化関連疾患の発症の仕組みを理解する

皆さま、はじめまして。2026 年4月より東京都医学総合研究所(以下:都医学研)にて「幹細胞制御プロジェクト」を立ち上げました、プロジェクトリーダーの指田吾郎です。

都医学研は、様々な分野のスペシャリストが集まり力を合わせて研究を進める場所です。近い将来、都民の皆さまの健康に貢献できるように、私がこれまでに培ってきた経験と知識をこの都医学研で活かしたいと思います。

これまでの歩み

私は 1996 年に東京医科大学を卒業後、血液内科医として臨床の現場に立ちながら、血液の病気の臨床研究を行っていました。2002 年には博士号を取得し、さらに血液がんの研究を深めるため 2005 年に米国ニューヨーク市にあるがん研究所に留学しました。そこで、細胞の遺伝子の発現を調整する「ELF 転写因子」についてがん細胞の増殖や DNA 修復における機能を研究。2009 年から、シンシナティ小児病院で血液のがんの「エピゲノム」(遺伝子の発現を制御する仕組み)の研究を始め、2010 年末に帰国し、千葉大学でその研究を続けました。2014 年に、熊本大学で自分自身の研究室「白血病転写制御研究室」を開き、2016 年に教授となりました。

こうした経験と実績をもとに、都医学研という新たな舞台で、新たな研究成果を目指してまいります。

「クローン造血」:老化と病気を新しい視点から理解する

私たちの体は、およそ 60 兆個もの細胞が集まって組織を形成しています。これらの細胞や組織の「もと」となるのが、「幹細胞」です。特に、血液組織を作り出す「造血幹細胞」は、生涯にわたって新しい血液細胞を作り続ける、私たちの体にとって非常に重要な細胞です。この造血幹細胞の働きに異常が起きると、白血病などの血液のがんだけでなく、臓器不全といった老化で起きる様々な病気のリスクが高まることがわかっています。

1. 「クローン造血」って一体何?

最近の研究で、驚くべき事実が明らかになってきました。それは、たとえ健康な高齢の人でも、血液細胞の中に将来がんの原因になりうるような遺伝子の異常(変異)を持った細胞が増えている、という現象です。

このような遺伝子変異を持った特定の造血幹細胞が、他の正常な造血幹細胞よりもどんどん増えていき、最終的には血液のほとんどを占めるようになる現象を、私たちは「クローン造血」と呼んでいます。例えるなら、きちんと動いていた工場の中で、ほんのわずかな不良品が少しずつ勢力を広げ、やがて工場全体を乗っ取ってしまうような状態です。変異を持つ幹細胞が、健康な幹細胞よりも増える力が強くなり数を増やしていくことで、私たちの体の健康、様々な臓器の働きが少しずつ崩れていくのです。

2. クローン造血が引き起こす病気:血液がんから老化関連疾患まで

クローン造血は、単に白血病などの血液のがんのリスクを高めるだけでなく、実は非常に広範な病気に関わっていることがわかってきました。最新の研究では、血管が硬くなる「動脈硬化性疾患」や「心筋梗塞」、「脳梗塞」といった血管の病気、さらには「糖尿病」や「痛風」、「腎不全」、「呼吸不全」、「骨粗しょう症」といった様々な老化に関連する病気の発症にも深く関わっていることが示唆されています。逆に、クローン造血がアルツハイマー病「認知症」を抑制する可能性も示されています。

このことは、血液の幹細胞の異常が、単に血液だけの問題にとどまらず、全身の臓器の機能に影響を及ぼし、私たちが「健康に過ごせる期間(健康寿命)」そのものを左右する可能性を示唆しています。つまり、私たちの血液の状態、特に造血幹細胞がどれだけ健康であるかが、全身の健康と密接に結びついているという、新しい考え方を提供しています。

3. このプロジェクトの目的:老化と疾患の克服を目指して

この「幹細胞制御プロジェクト」では、まだ多くの謎に包まれている「クローン造血」を理解することで、最終的に以下の2つの大きな目標を達成することを目指しています。

目標1:血液がんの予防法・治療法の開発
クローン造血幹細胞が、どのようにして異常な増殖を始め、血液のがんへと進行していくのか、その詳しい仕組みを解き明かします。血液がんが発症するためには、血液がんの元になる造血幹細胞の遺伝子・ゲノムの変異やゲノム以外の様々な要因に加えて、周囲の細胞や他の組織からの影響によるがん促進効果があるとされています(図参照)。この理解をもとに、これまでにない新しい血液のがんの予防法や、より効果的で副作用の少ない治療法の開発につながるヒントを見つけ出します。

図1 血液がんが進行する多因子の仕組み
図1 血液がんが進行する多因子の仕組み

目標2:老化関連疾患の病態解明と新たな治療戦略の確立
クローン造血が、ダウン症候群のような特定の遺伝性の病気や、一般的な加齢に伴う造血細胞の変化とどのように関連し、それががんや動脈硬化、糖尿病といった様々な臓器の機能不全を引き起こすのかを深く理解することを目指します。この知見は、老化そのものをコントロールし、健康に長く生きるための新しい治療戦略の開発に貢献すると考えています。

4. 詳しい研究内容:がんの根源に迫る多角的なアプローチ

血液がん幹細胞の研究では、細胞内の DNA 構造であるクロマチンの動きや染色体の動態が、がんの発生・増殖に深く関わっており、特に加齢によるクロマチンのエピゲノム変化が、白血病の前段階や白血病への進行を加速させることが分かっています。遺伝子の異常だけでなく、細菌感染や慢性炎症などの環境要因が血液がんの発症を促進する仕組みを研究しています(図参照)。例えば、ストレスがかかった時に、造血幹細胞が維持し複製する仕組みが、がん幹細胞の増殖も助けてしまう両面性を解析しています。研究では、遺伝子操作マウスやゲノム編集、シングルセル解析といった最新技術を使って、がん化の仕組みを詳しく調べています。

図2 感染や炎症によるエピゲノム変化が自然免疫記憶を形成し、後の免疫応答を増強する仕組み
図2 感染や炎症によるエピゲノム変化が自然免疫記憶を形成し、後の免疫応答を増強する仕組み

都民の皆さまへ:研究室からのメッセージ

この「幹細胞制御プロジェクト」は、私たちの健康を根本から支えている「幹細胞」に着目し、年をとるにつれて蓄積する遺伝子変異やエピゲノム変化、そして環境要因などが、どのようにして血液のがんや動脈硬化、糖尿病といったその他の老化に関わる病気を引き起こすのかを、細胞レベルで深く理解することを目指しています。

私たちの研究では、単に病気のメカニズムを解き明かすだけでなく、その知見を基にこれまでにない新しい診断法、予防法、そしてより効果的な治療法の開発を通じて、将来的に多くの人々が健康で長生きできる社会の実現に貢献できることを願っています。

研究者を目指す学生の皆さんには、論文を読み、それについて考えて皆で意見を持ちより議論する。仮説を立てて実験し、その結果を考察することで、次の仮説を立てていくという繰り返しの中で研究の面白さや達成感を味わってほしいです。